156人が本棚に入れています
本棚に追加
/228ページ
「全く、何が気分転換、だ。嘘つきゲイル!」
腰に縄を巻いたラルクは、船尾の煙突に向けて、壁伝いに横歩きで進んだ。船から落ちたときのため、縄の端は船内に結び付けてある。雨と甲板を乗り越えた波によって床は水浸しで、二十度は傾くであろう横揺れも不意を突いて襲ってくる。かかる雨や波しぶきは冷たく、気分どころか体調が転換しそう――それでも。
「嵐の時って、こんなだっけ? なんだか楽しいや」
入り込む雨に目を瞬かせながら見上げると、こんなに早く動けるものかと言うくらい、雲が流されていく。
揺れるタイミングに合わせ、腰を低くして床を滑る。行ったり、戻ったり。転んでもそのまま滑る。船を乗り越えてきた波しぶきを浴びると、気分は益々高揚した。
「ひゃっほう!」
不意に、腰の縄が引っ張られる。ゲイルの合図だった。船内から様子を見て伝えてきたのだ。ちゃんとやれ、とか、そういう類のものだ。
仕方なしに煙突の前までやってくると、なんてことはない、帆布のようなものが絡まっているだけであった。
「魚でも飛び込んだのかと思ったのに」
手を伸ばし、布を剥がす。無事に終えて後は戻るだけ、という時だった。
「あれ、何だろう?」
波間が開けたとき、帆船らしき姿を見た。すぐに目の前に現れた波によって見えなくなってしまったが、見覚えがある気がした。
「インバース号……?」
船を見たのは、ほんの一瞬だった。
きっと違う、見間違いだ。そんなことがあるわけがない。頭を振って、馬鹿げた考えを振り払おうとした。
それでも、ラルクはふらふらと、船の縁に近づいた。
縁から身を乗り出し、吹き付ける雨水に顔を歪ませながら、波間に目を凝らした。
一度だけでいいから、姿を見せて。お願い。
その時、高波が船を襲った!
船体は大きく傾き、ラルクの身体が宙に浮く。
「うわあ!」
次には、水しぶきの中にいた。
最初のコメントを投稿しよう!