手がかり

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「全く、何が気分転換、だ。嘘つきゲイル!」  腰に縄を巻いたラルクは、船尾の煙突に向けて、壁伝いに横歩きで進んだ。船から落ちたときのため、縄の端は船内に結び付けてある。雨と甲板を乗り越えた波によって床は水浸しで、二十度は傾くであろう横揺れも不意を突いて襲ってくる。かかる雨や波しぶきは冷たく、気分どころか体調が転換しそう――それでも。 「嵐の時って、こんなだっけ? なんだか楽しいや」  入り込む雨に目を瞬かせながら見上げると、こんなに早く動けるものかと言うくらい、雲が流されていく。 揺れるタイミングに合わせ、腰を低くして床を滑る。行ったり、戻ったり。転んでもそのまま滑る。船を乗り越えてきた波しぶきを浴びると、気分は益々高揚した。 「ひゃっほう!」  不意に、腰の縄が引っ張られる。ゲイルの合図だった。船内から様子を見て伝えてきたのだ。ちゃんとやれ、とか、そういう類のものだ。  仕方なしに煙突の前までやってくると、なんてことはない、帆布のようなものが絡まっているだけであった。 「魚でも飛び込んだのかと思ったのに」 手を伸ばし、布を剥がす。無事に終えて後は戻るだけ、という時だった。 「あれ、何だろう?」  波間が開けたとき、帆船らしき姿を見た。すぐに目の前に現れた波によって見えなくなってしまったが、見覚えがある気がした。 「インバース号……?」 船を見たのは、ほんの一瞬だった。 きっと違う、見間違いだ。そんなことがあるわけがない。頭を振って、馬鹿げた考えを振り払おうとした。  それでも、ラルクはふらふらと、船の縁に近づいた。 縁から身を乗り出し、吹き付ける雨水に顔を歪ませながら、波間に目を凝らした。 一度だけでいいから、姿を見せて。お願い。  その時、高波が船を襲った!  船体は大きく傾き、ラルクの身体が宙に浮く。 「うわあ!」 次には、水しぶきの中にいた。
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