第1章

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最後の夏   夏がきた。平成最後の夏。高校最後の夏。  僕らは今吹奏楽コンクール地区大会の舞台袖にいる。薄暗く、そして先に演奏している学校の演奏がやけにうまく聞こえる。 「鈴木君っ、緊張か」 サックスの五木さんがこっそり話しかけてきた。 「そうでもないよ」  部員の中では絶滅危惧種である男子の僕はチューバを抱えて舞台に動く準備をした。  前の学校が演奏終了。いよいよだ。ドキン、胸が高鳴る。何回かこのコンクールやっているのに。舞台袖の薄暗がりからステージに動き出した。  少し静まりかえったような客席。部員は整然と並んで着席。  指揮者の東寺先生はいつもと違って慣れないスーツを着ている。  先生は式台に上ると、右左と目配せした。  その後タクトが振り下ろされた。  30名にも満たない編成。演奏曲は「光と影の断章」不協和音とそれに続く変拍子。♯と♭が嫌というほど出てくる。  トランペットの須田がチラとこちらを見たようだ 「やっだぜ」 最初のキメはばっちりだ。  今度はそれを追いかけるように鋼のような低音部が旋律を繋ぐ。凶暴な光と闇の舞。中低音が吠える。そのあと緩やかに、クラリネットとフルートが静かな旋律を奏でる。 『楽譜に書かれているのはそれ以上でもそれ以下でもない、けどそこから読み解くことが大切だ』  東寺先生は最初からそうブチあげていた。  混沌の中から闇と光が生まれそして星となり銀河となる。    僕はそんな風に厨二病的解釈をした。なんだか、恥ずかしいけど。 『解釈はそれぞれでいい。だけど想いを伝えるのが大切だ』  先生はそう言っていたっけ。 『楽譜に書き込むのはいいけど、できるだけ覚えろ、暗譜だゾ』  はじめは無茶ぶりかと思えたが、練習を重ねていくうちに意味が分かってきた。ハーモニーとタイミング。耳で聞いていただけではズレるのだ。指揮を見ないとズレていく。  曲が中盤に差し掛かかる。  必死に指揮を見て音を確かめながら演奏している。緊張感のある舞台。ステージの向こうに審査員がいる。  最終章にはいった。変拍子を打ち鳴らしつつ僕らは一体になった。もうコンクールの入賞のことは頭になかった。  不思議な感覚が僕らを包んだ。  一体感。なんだろう。最初で最後かもしれない。なんだこれは。自分の体以外から音が出ていない。  一つのバンドから音楽が流れ出ている。
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