松永弥生

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「夏目さん、あとは私がやるから打ち上げに参加してきて」 「え、いいんですか」  どこかで期待していたような言葉が現実となり、夏目理沙は口許が緩んだ。 がすぐに真顔に戻り、 「いやいやいや、さすがに悪いです。そもそも手伝って頂いているのに、任せて飲み会になんて行けないです」  いい子だなと弥生は思った。 「協力するって言ったでしょ」 「でもぉ……」  夏目理沙は社会人としての常識と女として疼く期待の間で頭を抱えた。 弥生はそっと背中を押す。 「大和田課長狙いなんでしょ。ライバル多し!チャンスは逃すな!」 「ううぅ、松永さんいい人過ぎますぅ」 「ふふ、うまくいったら報告してね」  夏目理沙はデスクを素早く片付けると、フロアを見渡し弥生に耳打ちした。 「あの、小玉が別フロアで残業していますので、もし私のこと聞かれたら、」 「大丈夫。あと一時間で仕上げるわ」  そう言うと彼女はキラキラした笑顔で打ち上げ会場へ向かって行った。  フロアにはしばらく弥生の打つキーボードの音だけが響いた。 時計は夜の十時を指している。打ち上げに遅れた夏目さんは大和田課長とうまく二次会へ行けただろうか、弥生は区切りのついたデスクを片し、給湯室へと向かった。 最後のスタッフが念のため戸締まりや火の元を確認することになっている。 「小玉さん、まだいらしたんですか?」  給湯室に寄ると眉間に皺を寄せた小玉幸彦が会議で使った湯呑みを洗っていた。 「あ、すみません気づかなくて、わたしがやります。自分のもありますから」  自前の白いマグカップを見せると取り返すように流し台を代わった。 二畳ほどの狭い給湯室に流れる水道の音が響き、忙しなく弥生が手を動かす。 小玉は黙って腕を組み背後に立っていた。明らかに何かを言いたそうな態度に弥生は焦りを感じる。
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