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カチャーー。
ドアノブの上にあるカギを回す。
ガシャンーー。
ドアの上にあるカギを回す。
ガチャンーー。
小玉は腰を落とし、ドア下にあるカギを回した。三つの施錠を外すとようやく自宅の中へと入った。
「ただいま」
玄関一面に転がった靴やサンダルを踏み付け、自分の革靴を脱ぐ。コンビニ弁当をぶら下げ、帰宅した家に待つのは老いぼれた母親だけだった。
「和彦さん、遅かったのね」
リビングに入ると、チクッと足元に小さな痛みが走る。見ると割れた白い皿の破片だった。
小玉は小さく溜息をつく。
「母さん、俺は幸彦だよ」
老いた母親はソファにちょこんと座り、小玉の顔を見つめている。
画面の割れたテレビから軽快な音楽と共にコマーシャルが流れて始め、綺麗で若い女優が踊り始めている。
小玉がリビングを見回すとまた溜息を漏らす。
割れたグラス、テレビのリモコン、ショール、お玉、箒、ビニール傘、ハンガー、人形、爪切り、洗濯されていない山積みの衣類、造花、書物、電話の子機、缶詰、蛍光灯、コインロッカーの鍵、老眼鏡、丸まったティッシュ、縫いぐるみ、蚊取り線香、扇風機、ザル、埃の被ったウクレレ。乾電池。
このリビングはありとあらゆるものが家ごとひっくり返したように散乱している。
「幸彦なら二階にいますよ」
認知症の母は妄想と現実、過去と現在の区別もつかず幻聴と幻覚の中で生きる人となっていた。今の母には息子である自分と死んだ夫の区別が付かない。
小玉は母親の言葉に耳を傾ける事なく弁当を温めようとキッチンへ向かった。テーブルの上には使用していない食器が積み重なりスペースを埋めていた。
その中の一つが落ちて、割れてしまったようだ。開けっ放しの冷蔵庫からはいつのだかわからない牛乳が倒れ、白い筋を引いており、汚れた食器が並ぶ流し場には異臭が漂っていた。
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