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松永夫妻
都心から離れた郊外の住宅街に松永夫妻の家はある。二年前に建売物件になっているのを広告で発見した。白を基調にした二階建ての洋風の外観、カウンターキッチンが気に入り三十五年ローンで即決した物件だった。
「あ、明日からまた仙台に出張になった」
帰宅早々、部屋着に着替えながら康介が脱衣所から声を出す。
「え?また出張?システムトラブル?」
献立を食卓に並べながら、弥生はパタパタとスリッパを鳴らしながらその声を返す。
「いや、今度は新規案件でさ、ウチのシステム導入する新しい会社にベタ付きだな。テスト運用もするから二、三日はかかると思う」
夫である松永康介は会計ソフトのシステム会社のプログラマーとして勤務している。十人程度の小さな会社で会計ソフトをその会社に合わせ仕様を変え導入する仕組みらしい。
導入後はシステムのテスト運用と不具合チェック、時に緊急のシステムトラブルで、その会社に付きっ切りでフォローすることになるため出張が多い。最近ではアプリ制作で一発当てた若い会社の顧客が増加しているらしい。
昔から性格も明るく、人懐こくて兄貴肌の康介はクライアントからも好評で、上司からの評判も良い。三年前に途中入社したにも関わらず今では主任の立場で現場ではある程度の責任を負っている。
テーブルに着くと缶ビールをコップに注ぎ、お互い小さく「お疲れさま」と乾杯する。煮物と味噌汁、イカフライとちくわの磯辺揚げ。弥生は忙しくてもなるべく三品以上作ろうと心掛けていた。料理は嫌いじゃなかったのが自身の性格の助かるところでもある。
「明日からかぁ……いつもながら急だねぇ」
味噌汁をすすりながら弥生がテーブルの上にある卓上カレンダーに目を落とす。
「ごめんな、あ?明日なんかあったっけ?」
「ううん。予定は無いんだけど。じゃぁ今夜は、しておかないとダメかもしれないかな」
「あ、排卵日そろそろだっけ?」
モグモグと口を動かしながら康介もつられて卓上カレンダーを見る。カレンダーには明日の日付に小さな丸が付いている。
「うん。……大丈夫かな?」
「任せろ」
康介は箸を持ったまま親指を立てて笑った。
「えへへ。うん」
弥生は少しだけ照れたように笑った。胸あたりがほっこり温かくなる。
結婚して五年、共働きの私たちにはまだ子供がいない。
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