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軽いキスをするのが康介の始まりのサインだった。
もうドキドキすることもなくなったけどすぐに熱くなる体温と大きな手に包まれると安心して身を任せらせる。
昔はあまり好きじゃなかったセックスも長年の付き合いですっかり康介の形になってしまったのか、痛かった挿入も今では快楽を伴うようになった。
「あっ……こ…すけ、そこっ」
「ん?ここ?いいの?」
「っん……きも、ち」
指を絡ませ、手を繋ぐと心地いい慣れた重みで幸せな気持ちになる。正常位で果てた夫を受け止めた濡れた身体はなるべく動かさないよう気を配らせ、弥生はそのまま眠りにつく。
康介はいつも身体の繋ぎ目を離す前に、弥生の唇に触れる程度のキスをする。
「弥生、好きだよ」
真っ暗な部屋で互いに抱きしめたままいつも耳元で囁いてくる。
「私も康ちゃんのこと大好きよ」
来月で弥生は三十歳になる。
早朝、日の出より先に夫は出張先の仙台へと旅立っていった。広くなったベッドに広々足を伸ばすとその温い空間に心許ない気持ちになって気の抜けたような物足りないような感覚に襲われる。
弥生はベッドのサイドテーブルに置いてあるスマートフォンを手にし、ある事務所へ電話をかけた。朝の五時四十五分。
「……うあい、杉山探偵事務所です」
「松永です。おはようございます」
電話先の男の声は明らかに着信音で起こされたようなかすれた声だった。
「今日、出張となりました。今回も仙台の方です。はい。新幹線で。急で申し訳ありませんが、はい。交通費はもちろんこちらに請求いただいて結構です。はい。ではお願いします」
電話を切ると仰向けに天井を見上げた。いつもと同じ朝。遮光カーテンから薄っすらと太陽の光が照らされ始める。顎に力が入るとそのまま欠伸が出た。
いつもより力を入れてベッドから飛び起き歯を磨き、慣れた手つきで化粧をして髪をブローしてコーヒーを淹れる。
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