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「日にちと回数、人物を調べても少なくても女性相手は二人。ご主人の結婚指輪を外している様子もないので、相手方は不倫と知りながらこの関係を受け入れています。裁判を開いて慰謝料を取る場合はご主人の年収を考えると…」
ノーネクタイのスーツ姿のこの男は杉山栄志と名刺にそう書かれていた。
よれたワイシャツと煙草の匂いをたっぷり染み込ませたスーツからすると既婚者では無さそうだ。
杉山は無精髭で笑顔を振りまくこともしない。しかし依頼に対して真摯に対応をしてくれる姿はさすが評判になるだけはあった。
座っているだけで相手を制圧できそうなくらいの体格と重低音のある低い声は相手を緊張させる威圧感があった。
「あの……私は夫と離婚するつもりはありません」
「えっ?」
意外な返事に杉山は捲る資料の手を止めた。
調査期間と十分過ぎる証拠があるため通常このような調査結果の場合、次のステップは離婚調停への対策と準備だと杉山は説明した。
「我儘を言って申し訳ありません。私の気が済むまでこのまま調査を続けていただけませんか?」
「依頼者がそのようにご希望ならば……そうしますが、奥様は辛くありませんか?言いにくいですけど、この一年足らずの調査で三人の女性との関係が明確になっています。こういうタイプの男は今後さらに出てくる可能性もありますよ」
「……かまいません。続けてください」
弥生が俯きながらもそうはっきり言った。
杉山は同じ説明を二度はしない。
女性の身辺調査と関係性、行為頻度等の詳細調査と追加費用の見積もりの提出日を説明してから引き続き弥生には夫の携帯・SNS・パソコンの履歴等の記録の協力依頼を促した。
これらの調査続行依頼をしたのは先週のことだ。
弥生はリビングにある二月の卓上カレンダーを一枚めくる。
一般的に女性は三十五歳を過ぎると高齢出産と呼ばれる。妊娠率の低下、出産時のリスクが二十代前半の倍以上になってくる。
結婚して五年。妊娠を希望するようになって三年。一年以上の夫婦生活で妊娠しない女性は「不妊症」と認定される。
わたしは来月で三十歳になる。
弥生は昨晩の行為を思い出し、下腹部に手を当てた。
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