松永弥生

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「それじゃ、お先に失礼します」  打ち上げチームが定時を過ぎ揃って賑やかに会社を後にして行く。 急に静まり返ったフロアにキーボートの叩く音が響いた。 「あれ?夏目さん?」  夏目理沙が眉間に深い皺を寄せながらパソコン画面を睨みつけている。 「夏目さん、これから打ち上げじゃないの?」  弥生が声をかけると、夏目理沙はキーボードが割れそうなほど強く叩いた。 「小玉ですよ!あいつ今日の午後に去年のコムセンス社のデータを引用した概算見積もり作れって言い出して!今日の午後ですよ!絶対忘れてた書類ですよ。大和田課長に催促されてたし!超急いで提出したのに引用データが「コムセンス社」じゃなくて「コムサック社」のだったんです。今から作り直しです」 「えぇ!?今から?全部?」  リフォームの概算見積もりは資材やサイズが異なるだけで全ていちから作り直しになる作業だ。 見積もりに合わせて、サンプル資料の収集やメーカーもとの単価表作成も必要となる。 どう考えても二人以上の仕事量である。 「夏目さん、私も手伝う」 「え、でもこれ他部門のチームのやつですよ」 「小玉補佐にこの仕事量が一人でできるなんて判断されたら私たちアシスタントの仕事量が増えちゃうわ。むしろ二人分の残業代申請して、人員増やしてもらいましょうよ」 「だって、松永さん今日は旦那さん帰ってくるから帰らないと……」 「子供じゃないんだから、旦那には外で食べてもらうわ」 「松永さん……」  夏目理沙は思いもよらない弥生の対応に目を潤ませた。  静かなフロアに勢いよく書類を作成する二人が並んだ。 パソコン画面を睨みつけ、分厚いサンプルファイルをめくり、数字を入力していく。 打ち上げが始まって一時間が経っている。 夏目理沙は流行のダニエルウェリントンの腕時計をみて何度目かのため息をついた。
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