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三年の清水先輩は、この学校では一番の有名人だ。生徒会副会長、才色兼備、その上、気さくで性格も良いという。一年で何の取り柄もない俺とは目も合わすこともないだろうと、ずっと思っていた。そんな清水先輩と、俺は一度だけ会話をしたことがある。
それは、文化祭の初日だった。俺は写真部で、一年の俺達も幾つか写真を展示させて貰っていた。そして清水先輩は、何故か俺の写真の一つに見入っていた。
悪友達の薦めもあって、俺は意を決して清水先輩に声をかけた。
「あの、その写真、気に入ったんですか?」
「君が撮ったの?」
初めて合わせた綺麗な瞳と、鈴を振るような澄んだ声に、返事をするのも忘れて先輩に見惚れてしまった。
「えっと……違うの?」
可愛らしく小首を傾げて聞かれ、俺は慌てて言い繋いだ。
「いえ、違いません!俺が夏休みのキャンプで、撮った写真です!」
山の間に沈んでいく夕陽の写真。暗い山々と対照的に、夕陽の赤に染められ輝く空がすごく綺麗だと思って、シャッターを切った。
「これ、俺の一番の自信作なんすよ!清水先輩に気に入って貰えて、嬉しいっす!」
俺が話してる間も、清水先輩は写真に見入っていた。俺は少し、気が大きくなっていた。
「そうね、とても綺麗。空を飛びたくなるほどに」
「は?」
清水先輩の返事は、意外なものだった。
「私ね、昔から綺麗な夕陽を見ると、夕陽に向かって飛びたくなるの」
「はあ……」
「可笑しいでしょ?」
「はあ……。いえ、可笑しくないっす!」
正直、清水先輩が何を言っているのか分からなかった。夕陽と飛ぶことが全く繋がらない。それでも、先輩の機嫌を損ねたくなくて、俺はそう言ってしまった。
「なら、君も気を付けてね」
「気を付けるって、何に?」
今の話から、何をどう気を付けるって話になるんだ?
俺は思わずタメ口で聞いてしまったが、清水先輩は気にした様子もない。
「夕陽に、誘われないように」
それから二週間後、清水先輩が亡くなった。マンションの非常階段から落ちたらしい。
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