零れ落ちた真実

2/2
前へ
/9ページ
次へ
 一先ずシャワーを浴び、いつものように腰掛ける。ペットボトルの炭酸水を勢いよく飲んでいる彼は、今日一日強い日差しに晒されて、また一段と肌の色が濃くなったように見える。 「で?」 「だから! 俺は、その……」  じとりと睨めつける伊織に気づいた近堂は慌てて居住まいを正した。 「せっかく、一ヶ月経ったし。いろいろ考えましたけど……結局、自分のしたいことをするのもアリじゃないかと」 「それがサッカー?」 「はい。やっぱり、ずっと、憧れだったんで。もし出来たら先輩と一緒にサッカーしたいなって」  伊織は黙り込んだ。本当は、ミニゲームくらいなら参加したって良かった。怪我をしない程度に、力を抜けば良いだけのことだ。でも、出来なかった。もしフィールドに立つのであれば本気で向かいたいし、万全の準備を整えていたい。伊織は自分の性格をよく知っていた。 「それが無理でも、せめてサッカーしてる俺を見て、その、惚れ直してくれたらいいなあ、とか」  耳に飛び込む声に顔を上げる。冗談みたいに告げられた言葉と裏腹に、声を出すことも躊躇われるほど真剣な眼差しが待ち受けていた。 「でも伊織さん、俺を見直すどころか、先輩と超楽しそうに話してばっかで全然こっちも見てくれないんですもん。記念日なのに。それなら家で過ごすほうが良かった。あーほんと失敗した。何なら、」  放っておけば延々と続きそうな言葉を、伊織は強制的に止めることにした。いきなり押し当てた唇に驚いたのだろう、緊張の走った口元をやわらかく食めば、そっと背中に両手が回される。 「凄かったよ。お前の現役時代の試合、見てみたかった」 「……本当ですか?」 「うん。先輩にもお前の話聞けたし。すげえ褒めてたよ。俺まで嬉しくなった」  近堂は何も言わず、伊織の体を更に引き寄せた。同じシャンプーの香りを胸いっぱいに吸い込んで、伊織も負けじと力を込めた。 「部活辞めてから、やっぱ行きづらくて。今日が初めてだったんだ。監督とも話せたし、全部お前のお陰」 「はい」 「ありがとうな」 「……はい」  胸板から響く声が震えて聞こえるのは、きっと気のせいではない。本当に、こいつは、どうしようもなく良い奴で。気づいたときには、どうしようもなく大切な存在になっていた。暑苦しいほど抱きしめる両腕の中、揺らぎそうになる視界に気づかない振りをして、伊織はこの瞬間を噛みしめた。 End.
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加