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「もう膝はいいの? 痛む?」
「痛みはないですね。激しい運動は避けるように、とは言われてますけど」
「そっか。いやー、でも、加藤から時々お前の話も聞いたりしてたけどさあ。やっぱ顔見ると安心するわ」
面倒見の良い土井は、入部当時からあれこれと世話を焼いてくれた。一年生にしてスターティングメンバーに選ばれた伊織を良く思わない部員に対しても、伊織が実力を発揮出来る場面を何度も作って自然と空気を変えてくれた。
「覚えてる? 俺らが二年の時の夏の合宿でさあ……」
「ああ、土井先輩がPK外しまくったときのアレですか?」
「お前! それ言うなよ未だに傷つくんだよ……」
「分かります、未だに時々夢見ますよね」
「だよな!? 俺もうあのときの監督の怒鳴り声で何度うなされたことか!」
思い出話をしていると、段々あの頃に戻ってきたかのような気分になる。伊織は目を細めた。コートでは半面のみを使うミニゲームが始まっていた。コーチの近堂も何故か片方のチームに入っている。
「あいつともよく一緒になるんですか?」
「ああ、近堂? 同じ大学なんだっけか」
ちら、と一瞬。近堂がこちらを見たような気がした。すぐに体の向きを変えてしまった為、表情は見えない。気のせいかもしれない、と思いつつ伊織は土井の顔を見上げた。
「あいつはすげえよ。センスばりばりあんのに、あ、ほら、今のパスも。視野が広いんだろうなあ。あれで今はどこのチームにも入ってないんだから。勿体ないよなあ」
惚れ惚れと語る土井の言葉の通り、近堂の動きは段違いだった。力を抜いてプレイしているようだが、それでも彼の身体能力がずば抜けていることは手に取るように分かる。
「確かに。上手いですね」
「だよなあ? あいつが現役の時の試合も見に行ったことあんだけど、上手いだけじゃなくて、なーんかいつも楽しそうなんだよなあ。メンタルが強いんだろうな」
手放しで褒める先輩の言葉に、何故だかこちらまで誇らしい気分になって、伊織はにやけそうになる口元を押さえるのに必死だった。
部員たちが動きを止めた。休憩時間に入るらしい。近年は熱中症対策にうるさいらしく、水分補給や定期的な日陰での休憩が徹底されているのだという。後輩たちがぞろぞろと校舎際の日陰を目指して歩くのを眺めて、伊織は近堂の姿が見えないことに気がついた。一体どこへ行ってしまったのだろう。
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