建前を握り締め

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 休憩時間が終わると、近堂は何食わぬ顔で姿を現した。いつもと変わらない表情、密かにほっと胸を撫で下ろした伊織は、土井に引きずられるままグラウンドの脇に向かった。そこは先ほどまで部員たちが休憩に使用していた日陰で、怪我を負っているという数名の部員が思い思いのトレーニングに励んでいた。 「せっかくだし、教えてやってくんない? リハビリとか、筋トレとか。お前毎朝めちゃくちゃ早く来ていろいろやってたろ。とりあえずそういうの」  明るく言い放った土井は、本格的にゲーム形式で始まる練習に自身も参加すると言ってさっさとその場を離れてしまった。真っ黒に日焼けした後輩たちが胡散臭そうにこちらを見上げている。伊織は苦笑した。自分の容姿が、到底サッカー経験者には見えないことはよく知っている。大して外にも出ず、真っ白い肌をしていれば尚のこと。 「はじめまして。OBの相山って言います。とりあえず筋トレを――」 「相山先輩?」  一人の部員が訝しげに口を開いた。 「相山先輩って、あの、伝説の代の? 背番号10番の? あの相山先輩?」 「伝説の代がいつなのか知らないけど……とりあえず土井先輩の一個下で、背番号は10番だったかな」  目を輝かせて畳みかける勢いに若干圧倒されつつ、伊織は頷いた。 「まじで!? やべえ、あの相山先輩じゃん!」 「え、あの、監督が超見せてくるインハイ予選のシュートの人……?」 「そうだよ! すっげえ!」  何やら興奮しているらしい後輩を宥めつつ、ようやく筋トレを始めた頃には何やら得体の知れない汗でびっしょりと濡れていた。聞けば、最近の監督は雨の日やテスト期間中など、外での練習が出来ない日に過去の試合の映像を鑑賞する時間を作ることがあるそうだ。とにかく、そういった映像の一つに伊織が映っていて、彼らは会ったこともない伊織をひどく尊敬してくれているのだという。 「お前へったくそだなあ! そんなんだといつまでも復帰出来ないんじゃね?」 「そっちが鍛えすぎなだけだろうが!」 「うっせえなあ、ま、俺が一番に復帰するけどー」  時にふざけつつも伊織の指導に真剣に耳を傾け、トレーニングに励む彼らからは、本練習に加わることの出来ない悲壮感は全く感じられなかった。むしろ、淡々と自分の体に向き合い、いずれ復帰した後に何が出来るかと考えているようでさえあった。
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