ある総理の活躍

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「私の名前は岩城政次です。ただの若造です。」  彼の演説は全てこの言葉から始まる。「敏腕な政治家」ではなく、「国民の代表」だということを、無意識に聞いている人に植え付けるためだ。  このスピーチの技法はIwaki's speachとよばれ、世界を丸め込んだ。 「私の心には怒りはありません。私にあるのは呆れです。」  いったん間を置く。 「私は今ここに立つまで、そうですね。むしょくでした。いえ、職が無かった訳ではないんです。平凡なサラリーマンをしていました。ただ、世界が無色でした。」  ここでも間を置く。人々は、彼の詩的な表現に気に入ったように頷く。頷かれたことに会釈し、彼は続ける。 「私が国会議員、衆議院議員になった暁には何をするか。それは、一匹狼たちの育成です。私は党を組んでいる方から見ればある種の…扇動者、かもしれません。がしかし、私から見ればあの方々、いえ、あの人々は、現総理は、政界を牛耳っているその文字通り牛です。その生き物は、草原の草はいくらでもあると思い込んで、資源、金、コネ、 土地、企業、国民、そう、一人一人の国民。つまり私たちを自由気ままに食い散らかしています。ですが私は卑怯ではありません。野党の生き物たちは批判しかできない批評家です。また与党の生き物たちは言い訳しかできない国家で一番偉いはずの臆病者です。ですが私は違う。断じて違う。先ほど申し上げた通り一匹狼です。さらに話を遡れば、ただの若造です。失うものが少ない、いえ、この人生などおまけのようなものですから、失うものなどないのです。」  やっとここで間を置く。三秒立ったところで聴衆ははっと息をのむ。  「呼吸を忘れていた」。私は、私たちは、呼吸を忘れていたのだ。時間にすれば二分にもならないであろう、この演説には、圧力を生じさせる力がある。  なぜだろう。そう考え、ちょうど聞き手全員が心の中あるいは実際に首を傾けたその瞬間、また彼の喉は声を作り出し、野次馬のつもりが野次馬ではなくなってしまった、馬共をびっくりさせる。 「提案です。何度も言っていますが、私は卑怯ではないので、『公約』ではなく、提案として話します。」  彼の言葉には前置きが長い。その前置きは人々を、救ってくれるかも、と思わせる。不思議な能力を持っていた。
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