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④
魔女たちご一行は、ナツキの家に辿り着いた。
二階建て一軒家の庭付きで、車が一台置けれる車庫も有している。周りの住宅も似たような構造だった。
ナツキは真っ先に庭に置かれていた犬小屋を覗いたが、そこに住んでいる主は不在だった。
「やっぱり、まだ帰っていない‥‥」
肩を落とすナツキを余所に魔女は犬小屋の周りを探っていた。
犬を繋いでいただろうヒモの先に首輪が付いており、取り残されていた。
「なるほどね‥‥。首輪がスポッと抜けちゃったのね。居なくなったのは、いつ頃か解る?」
「えっと‥‥今日の朝には、もう居ませんでした」
「ということは、ヘタしたら夜の間にも居なくなった可能性があるわけね‥‥」
些細な情報でも集めようとしていると、
「ナツキ。帰ってきたの?」
玄関のドアが開き、一人の女性が出てきた。その女性を一目見て、ナツキの母親だとわかるほどに似ていた。
「あら、風真さんところのヒカルちゃんじゃない」
「あ、こんにち‥‥」
ヒカルの挨拶をナツキが遮る。
「お母さん、トッティは?」
「残念だけど見かけなかったし、戻ってきた気配は無かったわ。ご近所さんに訊いてみたけど、やっぱり誰も見ていないって」
「そんな‥‥」
ナツキはがっかりと意気消沈したものの、落ち込んではいられないと再び探しに行こうと踵を返した。
「あ、ナツキ。朝ご飯を食べていないんだから、何か食べていきなさい!」
「トッティが帰ってくるまで食べない!」
そう言い残して、ヒカルたちを置いて駆けて行った。
「あ、ナツキちゃん、待って!」
ヒカルは慌ててナツキの後を追いかけようとすると、ナツキママに呼び止められる。
「あ、ヒカルちゃん。もしかして、トッティを探すのを手伝ってくれているの?」
「は、はい。そうです」
「そう、ありがとうね。でも、もし見つからなくても、キリが良い所で切り上げても良いからね。無理にナツキに付き合う必要が無いわよ」
「あ、はい、わかりました」
ヒカルたちを尻目に、魔女は犬小屋の中にあったトッティの抜け毛を手に取っていた。
「あら、そちらは?」
見ず知らずの人物‥‥魔女に気付いたナツキママ。
魔女は屈んでいた腰を上げて、屈託の無い笑顔を見せつつ挨拶を交わす。
「初めまして。私はヒカルの知り合いのお姉さんみたいなものですから、ご心配無く。私も犬探しを手伝ってあげているんです」
「そ、そうですか。すみません、わざわざ」
魔女のにこやかな顔にナツキママもつられて笑顔になり、魔女に対して不審や怪しいという感情は沸かなかった。
「それじゃヒカル。私たちもナツキの後を追いかけましょうか」
「あ、待ってよ。魔女さん!」
魔女が颯爽と立ち去って行くのをヒカルは追いかけて、ナツキの後を追った。
ナツキは道で会う人に自分の携帯電話で撮っていたトッティの写真画像を見せて「この犬を見かけませんでしたか?」と尋ね歩くが、今のところ全滅だった。
辺りを見渡しながら、ヒカルは魔女に話しかける。
「ねぇ、魔女さん。魔法でなんとかならないの?」
「実はね。さっき、この毛を元に犬の生体反応を探っていたんだけどね、反応が無いのよね」
魔女は先ほど入手していたトッティの抜け毛をヒカルに見せた。
「せ、せいたい反応?」
「そう。まぁ、今のところ十キロメートル範囲だけでしか見ていないから、もしかしたらその範囲外にいるかもしれないけど」
ふとナツキの方に視線を向けると、首を横に振る通行人を前にガックリと肩を落としているところだった。
「しかし、あれだけ訊いているのに目撃情報が無いものね‥‥」
「なかなか迷子の犬なんて見かけないからかな?」
「ふむ。だったら人に訊いても解らないなら、動物に訊いてみたらどうかしら?」
「動物に?」
「そう。動物に」
「それって、どうやって?」
「簡単よ。そこらにいる犬とか猫とかに訊くのよ」
「まあ、そうだよ‥‥えっ!?」
さも当然のように語った内容に、やっとおかしなことに気付いた。
「あら、ヒカルたちは動物の言葉とか解らないの? 小学校とかで習わないの?」
「な、習わないよ‥‥」
授業で漢字やローマ字は習ったが、犬語や猫語なんてものは日本の学校教育で習うことはない。しかし、もし有るとしたら、ちょっとは習ってみたいなとヒカルは思った。
「そうね‥‥それじゃ。ヒカル、あのゲーム機を貸してみて」
「えっ? うん‥‥」
要領を得ない要求に言われるがままポケットに入れていたゲーム機を取り出して、魔女に手渡した。
「何をするの?」
「ちょっと機能を追加してあげるわ」
魔女が人差し指をクルっと回すと、魔方陣が浮かび上がりゲーム機が光に包まれた。
そして、その光景を目撃していたナツキ。
「な、なに? 今の? 手品?」
驚きつつ訊ねてくるが、魔女は無視をして作業を続ける。
発光が収束すると、魔女の手には見たところ先ほどと代わり映えのないゲーム機。
「さて、これでよしっと。あとは‥‥おっ、いたいた!」
魔女の視線の先に、銀色の毛並みの野良猫がいた。魔女は野良猫に近づき、ゲーム機を前に差し出して話しかけた。
「そこの君。この辺りで犬を見かけなかった?」
野良猫は『ニャ~』と鳴き声で返すと、ゲーム機の画面に文字が表示される。
それをヒカルとナツキが魔女の背後から覗き込むと、
『犬? そんなの沢山見たけど、どんな犬だい?』
と表示されていた。
ヒカルとナツキはお互い顔を見合わせ、もの言いたげな表情を浮かべる。
その空気を察したのか、魔女はナツキの方を振り返った。
「ねぇ、ナツキ。犬の写真を貸してくれないかしら?」
「あ、え、はい」
ナツキは諾々と自分の携帯電話を魔女に渡した。
画面の待ち受け画像にトッティ(赤毛の毛並みをした中型犬)の写真が設定されており、魔女はそれを野良猫に見せた。
「こんな犬よ」
野良猫は『ニャー』と答えると、また画面に文字が表示される。
『ああ、こいつか。確か昨日、この辺りをウロウロしていたな』
「見かけていたのね。それじゃ、何処に行ったか知らない?」
『さぁ。あそこの角で小便を引っ掛けて、あそこの角を曲がって行ったよ。そこまでしか見てないよ』
「そう。解ったわ、ありがとう」
用が済んだとして、野良猫は去っていく。
「運良く、あの猫ちゃんがこの犬を見ていたみたい‥‥。あら、どうしたの?」
ヒカルとナツキは驚きと輝き満ちた瞳で魔女を見つめていた。
魔女を‥‥というより、魔女が手にしているゲーム機だった。持ち主であるヒカルが真っ先に訊ねる。
「魔女さん! 何をしたの?」
「簡単よ。このゲーム機を動物語翻訳機にしてあげたの。これでさっきの通り、犬語とか猫語とか自動翻訳してくれるわよ」
魔女の説明にナツキはそれに似たおもちゃ(犬の鳴き声を解析して感情表現に翻訳する)がある事を思い付く。
「ああ、そういったおもちゃがあるよね。へー、今ゲーム機でもそんな事が出来るんだ」
興味深々のナツキ。
しかしヒカルはこれが魔法だと知っているので訂正しようとしたが、すぐにナツキが魔女に申し出る。
「ということは、これが有れば動物にも訊いて回れるんだ。ねぇ、マギナさん。それ貸してください!」
「良いわよね、ヒカル?」
魔法であると言えずにいた口をポカーンと開けているヒカルに了承の確認を取ると「あ、うん」と頷き、魔女はゲーム機をナツキに手渡した。
「はい、ナツキ」
「ありがとう!」
「一応使い方はね。訊きたいことをこれに話しかければ、自動的に翻訳してくれるわ」
「あ、はい。分かりました」
ナツキは意気揚々とゲーム機を手にして、先ほどの野良猫が言った角を曲がっていく。
「ほら、ヒカル。私たちも行きましょう」
取り残された魔女たちもナツキの後を追いかけた。
ヒカルはここまで堂々と魔法を使って見せた魔女に対して、ナツキに魔女の正体を説明するべきかなと思案していたのだった。
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