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⑤
日が暮れ、魔女とヒカルは肩を並べては自分らの影を追うように歩いていた。
ヒカルの服はところどころ破けており、髮の毛はボサボサで全体的にボロボロになっていた。
言わずもがな、魔女が出現させたモンスターを捕まえるために激闘を繰り広げたからである。
「あらら~、結構汚れちゃったね。でもまぁ、子供はそのぐらい汚れていた方が似合っているわよ」
「お母さんに怒られるよ。服も破けちゃったし‥‥」
「今時の母親様は、その程度で怒るの? 仕方無いわね」
マギナが人差し指をくるっと宙に円を描くと、破れていた箇所が修復されていく。
「すごい! マギナさんの魔法は何でも出来るんだね」
「ふふっ~ん。そうよ、スゴイでしょう」
えっへんと、あどけなく得意げな顔をするマギナ。
「ねぇ、マギナさん。魔法を教えてくれれば、自分もそんな魔法を使えるようになったり出来る?」
「そうね。魔法を理解すれば、誰だって魔法を使うことはできるわ。現にヒカルだって魔法を使えるでしょう」
「え? 魔法って‥‥」
ヒカルは普通の人間の子供。
当然のように魔法を使ったこともなければ使える自覚も無い。戸惑っていると魔女は、ある物に指差した。
「それよ」
それは携帯ゲーム機だった。
「これ?」
「そう。それだって、魔法よ」
「え?」
「納得いかない顔をしてるわね。まぁ簡単に説明すると‥‥。もし、そのゲーム機を昔。百年以上前の時代に持っていったら、魔法だと思うでしょう。つまり、そういうこと」
この小さな箱のガラスから映像が映し出されたり音が出たり、またはインターネットに繋げられる。
確かに中世時代とか科学が発達していない時代の人たちが見れば、魔法か何かだと思うだろう。
「ヒカルはそれが何の為のもので、どうやって使って良いのか“理解”しているから、何とも無いでしょうけど。それをまったく知らず、理解していない人たちがゲーム機で遊んでいるだけのヒカルを見たら魔法を使っていると思うでしょうね」
「う、う~ん。なんかわかったような、わからなかったような」
魔女の説明にどうも納得が行かなかった。ゲーム機は玩具である。それを魔法というのは不可解ではあった。
「かつて人は未知なるものを追い求め続けた。そして、その未知なるものが判明されるまでは、大抵は魔法ということで片付けていたのよ。例えばヒカル、そのゲーム機からどうして映像が表示されると思う?」
「え、え~と、それは‥‥。わかりません」
映像の原理を子供に答えを求めてもわかる訳がない。
そもそも大人だって説明できる人は少ないだろう。
「はい、素直でよろしい。では、なぜ映像が表示されるのはね‥‥」
「表示されるのは?」
「魔法で表示しているのよ!」
「‥‥な、なるほど」
“魔法”という言葉の使い勝手に、なんとなく思わず納得してしまったヒカルだった。
ちなみに科学的に説明すれば、バックライト等の発せられた光を利用して、部分的に遮ったり透過したりして、色を変調させ、映像を表示させているのである。要は映像とは光の集合体。
といっても意味が分からなければ、魔法ということで納得していただければと。
「そういえば、どうしてマギナさんのことをよく覚えてなかったんだろう? あの日も今日みたいに、忘れようにも忘れられない体験をしたのに」
「それは夢だと思っていたからじゃないの。あの出来事や私のことを」
「夢? まぁ、確かに夢のような出来事だったけど‥‥」
「夢は忘れやすいものでしょう。だから覚えていたとしても段々と記憶から消えていったのよ。というか、私は朝からヒカルの近くにいたり、すれ違ってみたり」
「え、本当?」
「まったく気が付かないんだから、流石にこれはダメだろうと思ったわよ」
「近くにいたら声をかけてくれても良かったのに‥‥」
「あら? 今、知らない人が子供に声をかけただけで通報されてしまう世の中なのよ。恐れおおくて声なんかかけられないわよ」
国府田先生が言っていた注意と同じだった。しかしヒカルはそこまで気にしないで良いのにと思うが、現在の情勢はヒカルたち子供の知らない所では少し世知辛いものになっているのである。
「それにあの時、私の事をハッキリと覚えていなかったから、もし私がヒカルに声をかけていたとしても知らない人という認識をしていたでしょうね」
「でも、あの森(日無の森)でマギナさんと会ったら、なんとか思い出したけど」
「なんとかね。それはなんとなく私の事を思い出していたからじゃないの。だから、あの森で私に気付けたのよ。だけど、よく思い出せたわね。何かキッカケとかあったのかしら?」
「うん。このモズパでポルアとかのデータが残っていたんだ。それで‥‥」
魔女はヒカルが手にしている携帯ゲーム機に視線を向ける。
「なるほど。それはヒカル以外に私が干渉した唯一のモノだからね。これも私の魔法の影響を受けていたから一緒に戻ったのかしらね」
一通り魔女との話しが終えると太陽は山の向こう側に落ちかけており、二人の影は薄暗闇と同化していた。
「そういえば、マギナさんはこれからどうするの? 家に帰るの?」
「そうね‥‥。そうだ、ヒカルの家は一軒家?」
「うん、そうだけど」
「部屋は何部屋あるの?」
「えっと、ご飯を食べるところと、自分の部屋に、お母さんたちの部屋に」
「空き部屋とかはある?」
「使ってない部屋はあるけど、狭くて物置部屋にしてあるよ」
「そう‥‥」
魔女がゲーム機からポルアを出した時のように茶目っ気たっぷりのイタズラな笑みを浮かべたことにヒカルは見逃さなかった。
「それじゃ家に帰りましょう、ヒカル!」
ヒカルと一緒にに家路を急ぐ道中、いつもよりも軽くなった足取りで、また夏休みを過ごせるのと、魔女と知り合えたことに心を弾ませていた。
それと引き換えるように大事な約束を忘れていたのだった。
◆◇◆
その頃、丸井家では――
「遅いな、ヒカル‥‥」
来るべき友人(ヒカル)を洋介はゲームをしながら待っていたが、待ち人(ヒカル)はやって来なかった。
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