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2日目 行方不明
①
午前七時。
部屋に目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響く。
「うんにゃ‥‥」
ヒカルは目覚まし音を止めようと手を伸ばすと、
――ふにっ♪
手に柔らかい感触が伝わった。
寝ぼけ目で前を見ると、ふくよかな女性の胸の谷間が眼前に広がっている。
きめ細かな柔肌は白く透き通っていて、かすかな寝息が聴こえてきた。
その方へ顔を向けると淡麗な顔立ちの女性が安らかな表情で寝ていたのであった。
「‥‥うわわわわわっ!!!!!」
思わずヒカルは大声を上げ、飛び起きてしまった。
「ま、ま、魔女さん!」
ヒカルの叫び声で魔女も目を覚ます。
「もう‥‥。なによ、大きな声なんか出して」
魔女が着ているピンクの寝間着は着崩れしており、柔肌がチラっと露出していた。魔女の赤裸々な姿にヒカルの頬に熱を帯びる。
「な、なんで魔女さんがここにいるの?」
「あら? 昨日のことを、もう忘れたの」
「え? えっと‥‥」
ヒカルは魔女が家にやって来た昨日を振り返った。
◆◆◆
陽無の森からの帰り道、自分の後を付いてくる魔女に疑問を抱きつつも、一緒にヒカルの家へと向かっていた。
「マギナさん、あそこが‥‥あれ?」
ヒカルの家の前に来た時、魔女はこつ然と姿を消えていたのだった。
消えた魔女が気になりつつも、とりあえずヒカルは家の呼鈴を押すと、いつもの様に母親が出迎えてくれた。
「遅かったわね。また洋介くんの家でゲームばっかり遊び呆け‥‥あら? ヒカル、そちらの方はどなたなの?」
「え?」
ヒカルが後ろを振り返ると、そこにはどこかに消えていたはずのマギナが立っていた。
「え、あ、この人は‥‥」
自称‥‥いや、本物の魔女である魔女を、どうやって紹介すれば良いのか戸惑っていると、
「お久しぶりですね。法子さん」
法子とは、ヒカルの母親の名前だ。
魔女が親しげに母親の名前を呼んだのには不思議に思うも、それは当の本人の法子(母)も「誰だったかしら?」と首を傾げていた。
「覚えてませんか? そうですよね、もう十年前になりますかね」
十年前とはかなり昔だ。ヒカルすら生まれていない。
その時は結婚したばかりと法子が思い返していると‥‥思い出した。
「‥‥あっ! もしかして、ヨーロッパで私たちを助けてくれた! 確か名前はマギナちゃん」
「そうです、それです!」
「うわー、久しぶりね! どうしたの?」
母の反応にヒカルは驚きを通り越して、口をあんぐりと開いて塞がらなかった。
母と魔女の話しを聞くところ――
今から十年ほど前、つまりヒカルが生まれる前に両親は新婚旅行でヨーロッパに行ったことがあった。
そのヨーロッパで財布を落としたり、道に迷ったり、素行の悪い連中に絡まれたりと様々なトラブルに見舞われたのだ。
生粋の日本人である両親のにわか英語ではどうしようもなく、途方に暮れていた時に幼かったマギナと出会い、助けて貰ったという。
言うならば魔女は命の恩人らしく、母・法子は大手を振って魔女を家に迎え入れたのだった
ヒカルがそのトラブル話しを聞くのは初めてだった。
「ねぇ、魔女さん。お母さんたちと知り合いだったの?」
「ついさっき、知り合いになったとこよ」
「ついさっき? 魔法で何かしたの?」
「まぁ、半分正解かしら。さっき過去に行ってきて、ちょっと改変してきたの」
「カ、カイヘン?」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げるヒカル。
「直接、記憶を魔法で書き換えるのも有りだったけど、整合性を取るために微調整をしないといけないからね。結構面倒なのよね、それって。手っ取り早く私自身が過去に行って、ヒカルの親に会って私を恩人として売り込んできたのよ。そっちの方がややこしくなくて良いでしょう。運良くヨーロッパに行ってたみたいだから、その時に合わせてね」
「え、えっと‥‥。まっ、いいか」
さらっと凄い内容を言い放っていたが、心身共に疲れ果てていたヒカルの思考力は低下しており、深く考える気にはなれなかった。
その日、魔女と食卓を囲み、帰ってきた父と共に思い出話に花を咲かせた。
「あの小さな女の子が、こんなに大きくなって。いや~、あの時は本当にありがとう!」
父もまた魔女を覚えており、感謝の言葉とともにジュースを魔女の空いたグラスに注ぐ。
「夏休みの間は日本にいるの?」
母がおかずの一品を魔女の近くに置きながら訊ねると、魔女はヒカルの方を横目で見つつ、
「ええ、休みの間は日本を満喫しようかと思いまして」
「へーそうかい。滞在中の宿泊先はどうしているんだい?」
「カプセルホテルに泊まろうかと。ただ、お金を節約したいところですから‥‥日本は治安が良いですし、公園でも野宿しようかと思ってます」
「おいおい、若い女の子が野宿なんて」
父と母は魔女の不用心な発言に不安を感じつつ、あの時のお礼を兼ねて母が提案をする。
「そうだ。それだったら、我が家に泊まりなさいよ。部屋も余っているし。いいわよね、あなた?」
父が「ああ」と頷き賛同すると、魔女はわざとらしく口を大きく開けて驚いて見せる。
「え、良いんですか?」
「私たちの命の恩人だからね、遠慮することはないよ。ここを自分の家だと思ってくれよ」
父たちの申し出に、魔女はニッコリと笑い。
「本当ですか! すっごく助かります!」
「いえいえ。だったら部屋を片付けないとね。だけど荷物が結構あるのよね。そうだ、大変申し訳ないんだけど、片付くまで今日はヒカルの部屋で寝てくれないかしら」
「えっ!」
突然の母の申し出にヒカルが驚くも、拒否権はない。
「ふふっ。今夜はよろしくね、ヒカル」
妖しげに微笑む魔女。
その微笑みに底が知れない企みのようなものを感じ取ったヒカルは、胸が高鳴ってしまった。
こうして夏休みの期間、ヒカルの家に魔女が滞在することになったのだ。
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