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⑥
排水口の中は最初の方は腰を落としていたが、先に行くにつれて天上が高くなり、やがて魔女が普通に立って歩けるようになっていた。
横幅も徐々に広がっており、その変化に気付くナツキ。
「ねぇ、ヒカル。なんか広くなっていない?」
「う、うん。そうみたいだね。排水口の中って、こんな風になっていたんだ」
奥に行くほど入り口からの光は届かず、先は真っ暗闇。
「暗いわね」
魔女は人差し指を立て、クルッと円を描いた。すると指先に光の粒子が集まり、野球ボールほどの光球が辺りを照らす。
その光景にナツキが驚く。
「すごい! なに今の? どうやったの? さっきのゲーム機と良い‥‥」
ナツキの独り言に魔女は反応し、前を向いたままで説明をする。
「光の元となる素子を集めただけよ。ある素子には、もともと光を発しているものがあるの。人間が見つけた言葉で言うと放射能というものかしら。ただ、この光には害は無いから安心しなさい」
「そ、そし? ほうしゃせのう?」
テレビのニュースで聞いたことがある単語では有ったが、原子力を学んでいない四年生にとっては当然のようにナツキは理解できなかった。
そこでナツキは隣に居る人物に訊ねた。
「どういうこと、ヒカル?」
「え、えっと‥‥」
当のヒカルも理解していなかったので、何と答えれば良いのか言葉につまってしまう。
そこで“あの言葉”を口にした。
「ま、魔法だよ」
「まほう?」
その言葉から、さっきの携帯ゲーム機から光が発したことや、そして今、指先から光が発している現状を踏まえて、ナツキの中に一つの答えが浮かぶ。
「あの、マギナさんって、手品師とかなの?」
「マジシャンというか、魔女なんだけどね」
「マジョ? それって、どういうこと?」
「え、言葉通りだけど‥‥。えっと‥‥」
魔女のことを、どう説明しようかとヒカルが悩んでいると、三人は広い場所へと出た。
すると魔女の足がピタっと止めた。
「どうしたの魔女さん?」
突然のストップにヒカルが訊ねると、闇の奥から―――
『グルルルッ‥‥』
低く重く獣のような唸り声が響いてきた。
その声にヒカルたちの身体は硬直してしまったが、ただ一人、事も無げに前へと進み出る人物‥‥そう魔女だ。
魔女は、指先に留めていた光の球を唸り声が聞こえてくる奥へと放り込んだ。
光球の明かりで照らし出されたのは、ライオンのような顔と身体、その背中にコウモリのような小さな羽が生えており、尻尾は蛇。
この世のものとは思えない怪物が、そこにいた。
「あらら、キマイラみたいなやつね」
立ちはだかる怪物の形容を似たモンスターの代表例を呟いた。
「ま、ま、魔女さん、あ、あれ‥‥」
ヒカルは身体と声を震わせながらに話しかける。
「なんであるかは正確には私にも解らないけど、おそらく合成獣である可能性が高いはね」
「キ、キメラって‥‥」
ゲームをよくするヒカルは、キメラやケルベロスという名前に聞き覚えがあった。
それはゲーム『モンスターZOOパニック』で登場するモンスターの名前にも付けられていたからである。
しかし目の前にいるモンスターは、魔女が出現させたモンスターZOOパニックのモンスターと違って、カッコイイやカワイイといった要素などは無く、恐怖を与える不気味な姿をしていた。
この姿こそが本物のモンスターの姿なのだろう。
『グルルルルッ‥‥』
ヒカルたちを威嚇する唸り声にナツキが持っていた携帯ゲーム機が反応した。
「え?」
ゲーム機の画面に――
『ク、クルしイ‥‥ダ、タ、スケ…て‥‥』
というメッセージが表示された。
「なに、これ‥‥。たすけ‥‥助けて?」
ナツキの言葉に魔女は何かを察したのか、仕舞っていたトッティの抜け毛を取り出し、呪文を唱える。
「ロッケジョモントライ(汝の場所を示せ)!」
トッティの毛は淡く光り、モンスターの方へと飛んでいった光る毛は怪物の周りを旋回したのだ。
「あらら、まさかとは」
魔女の口からやり切れない声が漏れると、ヒカルがより怯えた顔を覗かせた。
「魔女さん?」
「えっとね‥‥!」
魔女が説明しようとした矢先、怪物が『グオオッッッ』と大きな咆哮をあげ、口から炎を吹き出した。
「ルメツムゥーロ(光の壁)!」
魔女は日無しの森でポルアの炎を防いだ時と同様に、光の魔法陣の壁を作り出して炎を防いだ。
「いきなり攻撃をしてくるなんて、シツケがなっていないわね。といっても、あの子の意思ではないんだろうけど。ヒカル、ナツキ。落ち着いて私の話しを聞きなさい」
光りの壁を盾にして魔女は怪物の動きを警戒しつつ、話しを続ける。
「あの怪物が、ナツキが探していた犬よ」
「「えっ?」」
ナツキとヒカルはお互いの顔を見合わせて、同時に怪物の方を見た。
「あれが‥‥トッティ?」
どこからどう見ても、ナツキが探していたトッティの姿ではない。どう反応すれば良いのか解らず押し黙るナツキ。
そのナツキに向かって、怪物はいきり立ち襲いかかってきた。
「ルメツムゥーロ《光の壁》!」
魔女は瞬時に呪文を唱えると、ナツキを中心に魔方陣が浮かび上がり――怪物は見えない壁にぶつかり後方に弾き飛んだ。
「憶測だけど。さっきも言った通り、あれは合成獣。別の生き物同士を組み合わせて生成した生き物のことよ。その生き物にナツキの犬が素体になっているようね」
「そんな‥‥あれが‥‥トッティ‥‥」
異形な姿に変わったトッティを目にして、身体と連動するようにナツキの声も震える。
とても信じられない様態ではあるが、どことなくトッティの雰囲気を感じ取った。
いつも元気一杯のナツキとは違う様子に、ヒカルが改めて魔女に助けを求める。
「魔女さん。どうにかならないの?」
「どうにかね‥‥。確かに、どうにかしないといけないわね。そもそもなんで、あんな合成獣がこんな所に居るのかも調べないといけないけど‥‥。ねぇ、ヒカル、ナツキ」
「うん?」
「悪いけど囮になってくれない」
魔女の無慈悲な頼みにヒカルとナツキは凍りついてしまった。
「えっ? な、なんで?」
「お望み通りに、あの可愛くない怪物からトッティを元の姿に戻すための解除魔法的なものを唱えるから、そのために時間を稼いでおいて」
「ど、どうやって?」
「そりゃ逃げるしかないでしょう!」
魔女のさも当然の素っ気ない言葉にヒカルとナツキは、
「「えぇぇぇぇっっっ?」」
情けない叫び声で答えると、起き上がったトッティキメラはその叫び声で狙いを定めたかのようにヒカルたちを睨み、襲いかかってきた。
「「うわわわっ!」」
どっちにしろ逃げるしかない。
ヒカルとナツキは怪物に背を向けて駆け出すと、トッティキメラ…犬の本能なのか、逃げる獲物たちを追いかけた。
その場に身動きしない魔女を無視‥‥いや、見えていないかのように通り過ぎ、逃げていくヒカルたちを追いかけていく。
「さて、まずは合成獣を分解させないとね。オーソドックスの合成法だと良いのだけど‥‥ビジフィグロアクトゥウル・フィグロアッペアリィ《現像たるや真実の姿を現し‥‥》‥‥」
魔女が呪文を唱えだすと、大中小の複数の様々な魔方陣が浮かび上がる。
トッティキメラの脚力はライオンの如く強く駆け、あっという間にヒカルたちに追いつくどころか、勢い余って追い越してしまうほどだ。
ヒカルたちの前に立ち塞がったトッティキメラは、「グオオオオッッッッ!」と恐ろしい雄叫びをあげ、二人を威嚇する。
恐怖でおののくヒカルを横目に、ナツキが行動に出た。
唯一武器になりそうなものをトッティキメラに放り投げたのだ。
ヒカルのゲーム機を。
「あっ!」
ゲーム機はトッティキメラに命中するも大したダメージを与えることは出来なかったようで平然としていた。
そして足元に転がったゲーム機をトッティキメラは遠慮なく踏み潰し、『ペキベキ』と何かが割れるような音が響いた。
「あっっっっっ~~~~~~!」
ヒカルの悲痛の叫び声が響き渡った。
その声が癇に障ったのか、トッティキメラはヒカルの方へ跳びかかった。
ゲーム機に気を取られたヒカルは逃げる行動を取ることができず、鋭い爪がヒカルを切り裂こうとした瞬間―――トッティキメラの周りに光の魔方陣が浮かび上がった。
「フィグロアッペアリィ・レヴェーノ《真なる姿を取り戻せ》!」
魔女が呪文を唱え終わると、トッティキメラは光に包まれ輝いた。
やがて光と魔方陣が消失したがトッティキメラに何ら変化は無かった。
「効かない? そうか、やっぱり何かアレンジが加えているのね。ヒカル! 悪いけど、まだ逃げ回って時間を稼いで!」
そう言い放つや魔女は新たに呪文を唱えだしては、複数の魔法陣が浮かび上がる。
「えっー!」
泣き言を言うかのようにヒカルは叫んでしまう。
放心していたトッティキメラはその声で我を取り戻し、フラフラになりつつも再びヒカルたちに襲いかかってきた。
ヒカルたちは慌てて逃げ出したものの、よく見えない暗闇の中で足元が悪く、ヒカルは足を取られ、バランスを崩し倒れ込んでしまった。
「ヒカル!」
ナツキはヒカルの元へ駆け寄り、身を起こそうと補助しようとしたが、既に目前にトッティキメラが迫っていた。
魔女は一秒でも早く魔法を発動させるため、いつもより速く詠唱し、印を結ぶ手の動きも速めるも、間に合わないと直感してしまった。
トッティキメラはヒカルを丸呑みにでもしようかと言うぐらい、口を大きく開き、噛みつこうとした――その時だった。
「トッティ、待てっ!!!」
ナツキが思わず大声で叫んだ。
その声にトッティキメラは、まるで金縛りにあったかのように動きを止めたのである。
この土壇場で、ある“出来事”が不思議とナツキに頭によぎった。
いつもトッティに食事を与える前に、遊び半分で『待て』の躾をしていたのであった。
トッティは普段はお手すらも言うことを聞かないヤンチャな犬だったが、エサを前にするとえらく従順になり、ナツキに従うのだった。
キメラとなったトッティの心の奥のどこかで、ナツキのことを覚えていたのか、それともヒカルというエサを前に習慣の性が出てしまったのか。
「待て! トッティ、待て!」
どちらにしろナツキの言葉でトッティキメラの動きを止めることが出来ていたが、それも長くは続かなかった。
性に逆らうかのように、トッティキメラは唸り声をあげ、またヒカルを噛みつこうとした。
だが、トッティキメラの両足を光の魔方陣が出現し、手錠のように捕らえた。
「今度のは強制的だからね。少々手荒になるけど我慢してね!」
魔女は手の平をトッティキメラに向けて「ディシィガス!」と言い放った。
魔法陣から電気がショートしたかのように放電し、トッティキメラは耳を引き裂くような苦しい悲鳴をあげた。
やがて爆発したかのように閃光が弾けた。
徐々に光が収まると、トッティキメラが居た場所の中央にコウモリと蛇、そして赤毛色の犬が横たわっていた。
「トッティ!」
ナツキは倒れている犬の元へ駆け寄り、身体に触れた。
「大丈夫、トッティ!」
「クゥ~ん」
愛らしい声で鳴きつつも、その後は自ら起き上がって身体をブルブルと震わせる。
どうやら大丈夫のようだ。
「よかった! 心配したのよ、バカ!」
トッティの無事を喜び、熱く強く抱きしめる。
トッティとの再会を喜ぶナツキを余所に、魔女はトッティから分離されたコウモリと蛇の方を見ていた。
独特の苦く臭いが漂ってくる。
ヒカル魔女のもとへと歩み寄る。
「魔女さん。その生き物は?」
「どこからどう見ても、普通のコウモリと蛇ね。合成獣の素材として使われていたようね。あの犬と同様に」
魔女は横目でナツキとトッティの方を見つつ、ヒカルが胸の中に終始浮かんでいた疑問をポツリと呟く。
「そもそも、あのキメラがなんでこんな所にいたんだろう?」
「さあ? 差《さ)し詰《づ)め、地獄の番犬ケルベロス的だったのかしら。だけど、確かなのは誰かの手によって創《つく)りだされたという可能性が大きいわね」
「創りだした? あんなバケモノを創りだすことなんて出来る‥‥んだよね」
自分の眼前に万物の事象を自在に操作できそうな存在(魔女)が居る。
「まぁね。ただ、あそこまでとはいかないけど。現在の技術では品種改良がそれに当たるかしら。あのナツキの犬だって、品種改良によって産み出された種類よ。そもそも犬自体が品種改良された種ではあるけどね。人類の技術がもう少し進歩すれば、さっきの合成獣なんて簡単に産み出されるわよ」
「そ、そうなんだ‥‥あれ? もう少し進歩すればって事は」
「そう。だから気になっているのよ、誰が現在の技術では不可能なことをやってのけたのかをね。そしてこの奥に、何があるのかしら」
魔女は奥へと進もうと一歩足を踏み出すと『ペキっ』と足の裏から乾いた音が鳴った。
ふと足元を見るとそこにはボロボロになったゲーム機が転がっていた。
「あっ、それは‥‥」
ヒカルは即座に魔女の足元からゲーム機を拾い上げる。
画面にはヒビが入っており、ケースも割れている。電源を入れたが、うんともすんともしなかった。
ヒカルが見るも無残な姿となったゲーム機にショックで絶句している中、魔女は気にせず再び奥へと進もうとしたが、暗闇の先から言い難い異変を感じ取り歩みを止めた。
ジッと注視して暗闇の先を視線を向けると、空間の一部が捻じ曲がるように歪んでいるのが見えた。
「二人ともこの場からすぐに早く立ち去るわよ!」
魔女の突然の大きな声に、
「「えっ?」」
ナツキとヒカルの声が重なる。
空間が勢いよく縮小しているのに気付くや否や、出口まで子供の脚力では間に合わないと判断した魔女は、二人と一匹の身体に触れ、呪文を唱えた。
「ルーリフォルティーギフルクル(光の如く)!」
魔女たちは光になったかのように凄まじい速さで出口まで飛翔して、外へと飛び出したのだった。
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