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3日目 秘密の花園で会いましょう
①
「なあ‥‥。いったい、ここは何処なんだよ?」
スポーツ刈りの少年が小岩に腰を落として座っているヒカルに力無く呼びかけた。
疲れ果てているヒカルは「わからない」と示すように静かに首を横に振る。
これまで長い距離を歩いてきており、疲労困憊で話す余力が残っていなかったからだ。
一方ヒカルの反対側の木に寄り掛かっている少女‥‥ナツキは辺りを見回して、
「もう‥‥。トッティは何処に行ったのよ‥‥」
昨日と同じようにペット《トッティ》の行方を気にしていたのである。
ヒカルは改めて周囲の様子を伺う。
木々と名も知らない草々が彼方まで所狭しと生い茂っており、遠くの先が見えない。
何の気なしに上空を見上げると“真っ白な空”が広がっていた。
雲に覆われているのではない。シーツのようなものに包まれているようで、シワ(雲の輪郭線)一つも無かった。
これほどのっぺらとした不自然な空模様は今まで見たことがない。
そして、この不思議な空間からヒカルたちは何処へ進めども戻れども抜け出せないでいた。
そう、あの“陽無の森”に迷いこんだ時と同じ状況であった。
ここが現実の世界とは別の世界だと断定できる状況証拠はそろっている。
ヒカルとナツキ、そしてもう一人の少年。
三人が異様な世界に居るのは、当然魔女が絡んでいた。
ここに来てしまった経緯をヒカルは静かに思い返した。
***
始まりはトッティ探しをした翌日。
午前十時頃に、ナツキがトッティを連れてヒカルの家にやって来たのである。
「ヒカル、おはよう!」
「おはよう‥‥どうしたの? こんな時間に家に来るなんて?」
「昨日のことを聞きたくてね。本当はもっと早く来たかったんだけど、さっきまでグッスリと寝ていたのよ」
「ああ、それで今日のラジオ体操に来てなかったんだ」
ヒカルは昨日の疲れがまだ残っていたが、目覚まし時計で叩き起こされて、眠たそうな目をシパシパさせながらラジオ体操に参加したのであった。
一方でナツキの姿は無く、多少なりとも気にかかっていた。
ナツキが寝過ごした理由に魔女の魔法で眠らせたのも少なからず影響が有るのではと心の隅で案じていた。
「まぁね。それで皆勤賞はダメになったけど、まぁ仕方ないかな。ママもクタクタだった私に気を使って起こさなかったし。そうそう、ところであの魔女さんはいるの?」
「あ、魔女さんはね‥‥」
ヒカルが朝起きた時には魔女の姿はどこにもなかったのだ。
魔女の行方を母に訊ねてみたものの、母も把握しておらず、観光がてらに散歩に出かけたのではないかと推測した。
「え、どこかに出掛けているの。それで、いつ戻ってくるの?」
何処に出かけたのかわからないのに、いつ帰ってくるなどわかる訳がないと首を横に振るヒカル。
「わかんないか‥‥そうか。だったら、ねぇ。魔女さんを探しに行きましょう!」
「え!?」
「ここで待ってたって時間が勿体ないし。探した方が早く見つかも知れないでしょう。それに早くあの魔女さんと話したいし。ねぇ、良いでしょう?」
「う、うん‥‥」
ナツキの積極的な頼みにヒカルは思わず頷いてしまったのだった。
「よし、決まり! それじゃ、行きましょう!」
そう言うや否や、ナツキはヒカルの腕をつかみ引っ張り、さっさと靴を履かせて外へ飛び出していったのである。
「それでナツキちゃん。魔女さんを探すにしても、どこを探すの?」
「うーん、そうね‥‥。魔女さんが行きそうな場所を探すしかないんじゃない? ところでヒカル。なんでそんなに離れているの?」
「だ、だって‥‥」
ヒカルはナツキから二メートルほど離れた後ろにいて、視線をトッティの方を向けた。自分が犬を苦手になった張本“犬”を目の前にして、ヒカルは身をすくめている。
「相変わらず苦手なのね。昨日はトッティよりも凶暴で変な生き物を前にしたのにね」
「あれは‥‥。てか、あれもトッティじゃん!」
「ああ、そうね。だけど、なんでトッティがあんな化物になったのかな。あ、そうだ。ねぇヒカル、昨日のゲーム機を貸してくれない? あれがあれば、トッティと話せるでしょう!」
「あれは‥‥」
ヒカルは力無く、昨日の出来事によってゲーム機が昨日のトッティキメラによって踏み潰されて壊されたのを説明した。
「あ、そうだったの‥‥。ご、ゴメン。あの時、夢中で‥‥」
「うん。まぁ‥‥あの時は仕方なかったよね‥‥。うん‥‥」
「ご、ゴメンね」
両手を合わせて、精一杯の謝罪ポーズ。
大切な物を壊されたら普段大人しいヒカルもナツキ相手でも激怒していただろうが、あの危機的な状況では仕方ない。ナツキと自分が無事だったことに納得して、ナツキの謝罪を受け入れた。
ちなみにボロボロになったゲーム機を魔女に魔法で直してとお願いしたが、
『まぁ、魔法で直せると言えば直せるけど。今日はクタクタだから、後日ね~』
軽く後回しにされてしまった。
「だけど、あれがあればトッティに魔女さんの匂いとかで探させようとしたのに」
「トッティって、警察犬みたいなことできるの?」
「ヒカル知らないの? 犬って、人間の何百倍も鼻が良いんだよ」
「それは知ってるけど、それは訓練された犬しか出来ないよ、たぶん‥」
二人は話しながら昨日のトッティ探しと同じように辺りを見回しながら進んでいく。
「だけど、どうしようか? あの魔女さんが行きそうな場所って何処だろうね?」
「そんなこと言われても。そうだ、とりあえず昨日の排水口に行ってみる?」
「え、あそこに? どうして?」
「魔女さん、あの後もあそこが気になっていたから、もしかしたら調べに行っているかも‥‥」
「なるほどね。それじゃ、さっそくそこに行きましょう!」
思い立ったが吉日の如く、ナツキは境川へと駆けていく。
「あ、待ってよ。ナツキちゃん!」
ヒカルもその後を追いかけていくが、ただナツキの足は早く、トッティもナツキの後ろを追いかけるほどで徐々に差がつけられていったのであった。
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