3日目 秘密の花園で会いましょう

3/9
前へ
/34ページ
次へ
   ③  三人(と一匹)は黄色い看板の店に辿り着いたが、残念ながらそこには魔女は居らず、(すで)に立ち去ったようだった。 「え? 髪が長い美人? ああ、あのお客さんかしら。あんな美人が、こんな店に来るなんて珍しいからね。よく覚えているわよ。えっと、たしかね、壁の落書きとか大岩のところとか、枯れ木山がどうとか言っていたわね」  だが、店員が魔女がどこへ行こうとしていたのかを耳にしており、そのお(かげ)で引き続き魔女捜索(マギナたんさく)続行(ぞっこう)された。  壁の落書きや大岩と云えば、いわゆる珍スポットとして有名だった。  壁の落書きは境川(さかいがわ)にかかっている、ある橋の下の壁に描かれている芸術(げいじゅつ)と思わせるほどの落書き。大岩は空き地のど真ん中に、どこからともなく突如出現したという大岩だろう。  また境川へと来た道を戻るのかと、どっと疲れがのしかかってきたが、その頃はまだ体力と共に余裕があった。  この後、RPG(ロールプレイングゲーム)でよくあるお使いイベントみたいに、市内のアチラコチラに移動する羽目(はめ)になってしまい、大きな岩のところに辿り着いた頃には、ヒカルの足が棒になる寸前(すんぜん)だったが、ナツキとツヨシは額などに汗をかいているもの、まだ余力(よりょく)が有るようで平然(へいぜん)としていた。  流石はクラスの徒競走(ときょうそう)などの体力テストで男女一位の二人なだけはある。  しかもツヨシはマウンテンバイク《自転車》という小学生にとって最高の乗り物で移動しているので三人の中では一番元気であった。 「なにヒカル、バテテいるんだよ。がんばろうぜ!」  ヒカルたちはクタクタ《といってもヒカルだけ》になりつつ、魔女(マギナ)手掛(てが)かりを元に“()()山”付近にやってきていた。  山というよりも標高(ひょうこう)がそれほど高くないので丘と言った方が正しいかも知れない。ただ、昔から丘ではなく山と名付けてられている。  その小高い山の(いただ)付近(ふきん)には、一本の枯れ木が生えているのが見えた。  他の木々は緑豊(みどりゆたか)かに()(しげ)っているのだが、その一本だけが枯れていた。  ヒカルたち子供の間では『お()け枯れ木』と名付けられており、そこからこの小高い山は『枯れ木山』と呼んでおり、その一本だけが枯れている理由は解明(かいめい)されていない。 「いた!」  突然ツヨシが大きな声で叫び、人差し指を差した。  その指と視線(しせん)の先‥‥枯れ木山へ続く道の近くに魔女と思わしき人物(じんぶつ)の後ろ姿が見えた。 「魔女さーーん! おーい!」  ヒカルの呼声が届いていないのか、魔女は振り返ることなく、やがて木々の葉で姿が隠されたのであった。 「ヒカル、追いかけよう!」  せっかくここまで来たのだからと直接会いに行った方が良いと判断(はんだん)したナツキが()け出すと、ヒカルたちも後を追いかけた。   ◆◆◆  数分ほどで魔女(マギナ)を見かけた場所にヒカルたちは到着(とうちゃく)したが魔女の姿は無かった。  ヒカルは辺りを見回す。  枯れ木山の周囲を囲うように道沿(みちぞ)いには金網(かなあみ)フェンスが建てられている。その金網のある一部分(いちぶぶん)(やぶ)れており、その先には獣道(けものみち)が出来ていた。  ヒカルは思わず足を止め、その獣道の先を伺う。 「もしかして、魔女さん。ここから中に入ったんじゃ‥‥」  すぐにナツキも駆け寄り、金網が破れた先を見る。  森の小道。木々の隙間から光が漏れる光景が不思議な感じがして、なんとなくナツキも同意する。 「確かに‥‥。あの魔女さんならココを通りそう‥‥」  ナツキが足を踏み入れようすると、ヒカルが呼び止める。 「え、行くの?」 「ここまで来たんだから、もちろん行くわよ」 「でも、ここって立ち入り禁止だよ」 「そんなの‥‥あっ!」  ヒカルの視線の先にある『無断立ち入り禁止』と描かれた看板(かんばん)が立て掛けられているのをナツキも見つけた。 「えっと‥‥」  明確(めいかく)警告(けいこく)している看板の前にヒカルとナツキが躊躇(ちゅうちょ)していると、(こと)()げにツヨシが網の破れた先進み入っていく。  マウンテンバイクは金網にチェーンを(くく)りつけて駐車していた。 「ちょ、ちょっと、ツヨシ!」  ナツキの呼び止めにツヨシは素っ気なく答える。 「うん。ああ、見ていないから、気付かなかったわ~知らなかったわ~」  トボけつつ、勝手知(かってし)ったる我が家のごとく中に入っていく。 「火野くん‥‥」  あまりにも大胆で悪びれないツヨシの行動にヒカルは舌を巻いて呆れた声を漏らした。しかし、ダメな行為(こうい)を誰かがやれば、何故(なぜ)かやりやすくなったりするものである。  ヒカルとナツキは禁則行為(いけないこと)だと自覚(じかく)しながらも魔女(マギナ)に会うために仕方ないとして、ここはツヨシを見習(みなら)って金網の先へと進み入ったのだった。  ヒカルたちが進んでいく一本道の細い獣道(けものみち)は少し傾斜(けいしゃ)があり、朝から(ある)()めで両足が棒になりかけているヒカルにとっては非常(ひじょう)(きび)しかった。  だがナツキとツヨシ、そしてトッティは(なん)なく先へ先へと進んでいく。  疲れ知らずの二人と一匹の背中を追いかけて気力を振り絞りつつ進んでいく途中で違和感を覚えた。 「この変な感じは‥‥」  それは“陽無の森”で感じていたものと似ていた。  いつしか身体に(まと)わりついていた暑苦(あつくる)しい空気を感じられなくなり、汗が引いていた。  それに枯れ木山はそれほど標高(ひょうかん)は高く無いので、道なりを登っていけば普段なら二十分もしない内に山頂(さんちょう)展望台(てんぼうだい)に到着するものなのだが、歩けど進めど辿(たど)り着けなかった。 「ねえ。なんか、さっきから同じ所を歩いている気がしない?」 「水原もそう思うか‥‥」  ヒカルが感じていた異質(いしつ)にナツキとツヨシも気付き始めた。  辺りを見回しても木々しか見えない。木の隙間(すきま)からは本来なら伊河市の街並みや道路などは見えるはずなのに。 「迷ったのかな?」  ナツキは自分で口にしつつも、その言葉に矛盾(むじゅん)を感じていた。  自分たちは、ただ真っ直ぐ道を進んでいた。それに対してツヨシが答えてくれる。 「この道を進んでいるだけなのに、普通迷うか?」 「だけどオカシクない? こんなに歩いたのに山頂にも着かないし‥‥」 「ま、まぁな‥‥」 「とりあえず、一旦(いったん)下りてみる?」  ヒカルとツヨシはナツキの提案に(うなず)き、来た道を引き返すことにした。  しかし、進んだ時間ほど後進(こうしん)しても自分たちが(くぐ)り抜けてきた金網(かなあみ)は見えず、先には細い獣道と木々しか見えなかった。 「これって、どういうこと‥‥」  変わらない景色にナツキの口調(くちょう)(あせ)りと不安(ふあん)が浮き出ていた。 「あ、あのね‥‥みんな。実は‥‥」  ここでヒカルはみんなの不安を払拭(ふっしょく)させる為に、あの陽無の森の出来事と魔女(マギナ)の正体について、かいつまんで説明した。 「なんだ、それ。アニメとかマンガみたいな話しだな。なぁ、水原?」  ツヨシは少し飽きれていたが、ナツキは昨日のトッティの出来事を体験しているので、 「なるほど。あの魔女(マギナ)さんとは、そんな出会いがあったのね」  ヒカルの話しには真実味が有ると判断(はんだん)した。 「な、なんだ。水原はヒカルの話しを信じているのか?」 「私も昨日ヒカルが話してくれたような不思議な体験をしたからね」  この中で魔女と不思議な体験していないツヨシが(いぶか)しがるのも当然だ。  ヒカルとナツキは、そんなツヨシはほっといて今回の一件について相談し合う。 「それじゃ、これも魔女さんの仕業かな?」 「多分、そうじゃないかな‥‥」 「う~ん。それじゃ魔女さんが助けてくれるのを待つしかないの?」 「あの時は偶然(ぐうぜん)魔女さんが目の前に現われたからね‥‥」 「そうか‥‥。あっ!」  ナツキはポケットから携帯電話(けいたいでんわ)を取り出した。 「こういう時のための携帯電話よ。迷ったら地図を‥‥」  携帯電話機(けいたいでんわき)にインストールされている地図アプリを起動させたが「電波が届かない場所のため、位置情報を取得できません」とテキスト表示されてしまった。  すぐにナツキはディスプレイに表示されている電波アンテナを確認すると、アンテナは一本も立っておらず、そこには『圏外(けんがい)』と表示されていた。これでは地図アプリが正常に動作出来ない。  枯れ木山は市内の中央に存在おり、通常だったら電波が届く環境(通信エリア内)のはずなのにと思いつつ、別の手段としてナツキは母親に電話をかけてみたが、やはり圏外の為に電話が繋がらない。  電波が無い状況では携帯電話としての機能は発揮(はっき)できないのだ。 「ど、どうしよう‥‥」  右往左往(うおうさおう)しているナツキを見かねて、ツヨシは自分が出来る範囲(はんい)で状況を知ろうと行動をおこす。 「ちょっと木に登って、辺りを見渡してみるか」 「登るって‥‥あっ!」  ヒカルの言葉が言い終わらぬ内に、ツヨシはスルスルと木をよじ登っていく。その姿はまるで―― 「猿みたいね」  ヒカルが思っていたことを、サラッと口にするナツキ。  登っていくツヨシを目で追いかけて見上げた時にヒカルは空の異変に気付く。 「空が、白い?」  見物している二人を余所に、ツヨシは一番高い枝別れの場所まで登り着き、辺りを見渡した。そこから眺め渡した光景にツヨシは絶句し、大声で叫んだ。 「な、なんだ、これ‥‥。真っ白だ!」  遥か彼方まで真っ白で何も無い空間が広がっていた。  ヒカルたちが暮らす伊河市はビルや建物などが立ち並んでおり、都会とは言えないがまあまあそこそこに発展している街ではある。その町並みが跡形(あとかた)も無かった。  下に居て、その展望(てんぼう)の様子を知らないナツキが声をかける。 「真っ白って、なに? どういうこと?」 「遠くの向こうまで真っ白なんだよ。何もないんだよ!」 「だから、それって、どういうこと?」  ツヨシの発言に理解できず動揺(どうよう)するナツキ。  一方ヒカルは憶測(おくそく)だった最悪の結論に確信が持てた。 「やっぱり、ここって。あの(陽無の森)と同じような場所かも知れない‥‥」  となると尚更(なおさら)魔女(マギナ)の助けが無ければ、どうしようもできないと(あきら)めるかのように息を吐いた。 「あれ? そういえば、あの犬は?」  ツヨシが木から降りてくる間、犬=トッティがいないことに気づいて訊ねた。 「え?」  言われて始めてナツキは自分が手にしている散歩ヒモの先に首輪しか付いていないのを見て、青ざめた。 「ちょっ! な、なんで!?」  慌てふためきながら、あちこち視線を動かしてはトッティの行方を探す。 「また、首輪から抜けだしたんだ‥‥」  つい昨日の同様の失踪理由にヒカルは気抜けてしまうが、飼い主のナツキは訳の解らない異世界でトッティが居なくなってしまい、さらに動揺(どうよう)している。 「きっと、まだ遠くにいっていないはずよ。ヒカル、ツヨシ。お願い、トッティを探して!」  こうしてヒカルたち三人は異空間(いくうかん)彷徨(さまよ)い込んでしまい、またしてもトッティが行方知(ゆくえし)らずになってしまったのであった。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加