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⑨
ヒカルたちは魔女に連れられて花園の端へと移動すると、木々が等間隔に立ち並んだ小さな道があった。
「この道を真っ直ぐ行けば、ここから無事に出ることが出来るわ。ただし、この空間を出るまで決して振り返ってはダメよ。絶対に振り返らず、何が有っても前だけ見て進みなさい」
「どうして?」
「昔から、そういう決まりなのよ」
「振り返ったら、どうなるんだ?」
ヒカルと魔女の話しに加わるようにツヨシが訊ねてきた。
魔女はいつもののイタズラな笑顔とは打って変わって真面目な表情で答える。
「振り返ることで行く道、来た道が一緒になってしまって、永遠にあの空間に彷徨いこんでしまうのよ。まるでウロボロスのようにね。そうしたら私でさえ脱出することは難しいからね」
ヒカルたちはゴクリと唾を飲んでしまう。
なんでも出来そうでやりそうな魔女による注意と、その表情と口調から冗談ではないと充分に感じ取った。
「あ、そうだそうだ。すっかり忘れてていたわ」
そう言いながら魔女は後ろ髪に手を入れると、ゴソゴソと手探りをしては何かを取り出した。
「はい、お土産」
魔女の手の平に三つのキラキラと光る水晶のような石が転がっていた。
「うわー、キレイ!」
ナツキは瞳をキラキラさせて覗き込み、ヒカルが訊ねる。
「これは?」
「お土産よ。それと、ここまで運良く来れたご褒美でもあるかな。まぁ、お守りとして肌身離さず持っていなさい」
ヒカルたちは各々一つずつ石を貰い受けた。
綺麗な石(水晶)をナツキはうっとりと眺めており、空飛ぶ魔法を教えて貰えなかった機嫌が少し晴れたようだった。
「あ、魔女さん」
「なに、ヒカル?」
「そういえば、なんでここにいるの?」
「なんでって言われると、ここは私の数ある内の別荘みたいなものだから、たまにこうして様子に見に来たり休んだりしに来ているのよ」
「こんな所があるんだったら、別にボクの家に居候しなくても‥‥」
「なに言ってるの。誰かが待っている家に帰るほど嬉しいものはないわよ。それに、ここに来るのは結構面倒だしね」
きっと最後にポツリと呟いたのが本当の理由なんだろうなと、ヒカルは察したが口には出さなかった。
「あ、だけど、もしかしたら今日は帰れないと思うから、おばさまにそう伝えておいてね。ほら、さっさと帰らないと、とんでもない事になるわよ」
「う、うん、分かったよ」
「それじゃ、最終確認ね。この道に足を踏み入れたら、決して振り向かないことよ!」
釘を刺すかのように警告をした後、ヒカルたちは魔女に別れの挨拶をし、真正面を向いて真っ直ぐと小道へ足を踏み入れたのだった。
◆◆◆
ヒカルたちは魔女の言いつけを守り小道を進んでいく。
道の先‥‥地平線は真っ白な空間が見えるだけだった。
進めど進めど景色が変わらぬことにヒカルたちは段々と不安が募っていく。併せて背後を振り返られない誓約が、恐怖を倍増にするようだった。
だからこそ後ろを振り返りたくなる衝動にかられるが、それを払うようにヒカルは先行くナツキたちの背中を凝視し、追いかけていった。
「どこまで続くのよ、この道は?」
ナツキが呟く。
三人の脳裏に、ついさっき体験した次元の狭間で彷徨っていたことが浮かんだ。
「まさか、ここも‥‥あそこと同じような場所じゃないだろうな‥‥」
何とはなしにツヨシの進む歩幅が少し速くなる。それにつられてナツキたちも速くなり、やがて走りだした。
クラス徒競走で男女一位である足が速い二人に、平均以下のヒカルが徐々に離されていった。
「ちょ、ちょっとナツキちゃん、火野くん、ま、待って! っ!?」
先行く二人に声をかけた時、不思議なことが起きた。
ナツキとツヨシの姿が忽然と消えたのである。
「えっ! ナツキちゃん‥‥」
思わず二人を探そうと辺りを見回そうとしたが、
『絶対に振り返らず、何が有っても前だけ見て進みなさい』
魔女の言葉が頭に響き、動かそうとしていた首を止めた。
しかし、一人残されたヒカルに強烈な不安と恐怖感が襲ってきて思わず泣きそうになる。
だがその時――道の先に犬が見えた。
「あ、トッティ!」
ヒカルはトッティを見失わないように必死になって走り出した。
いつもより速く足を動かしたからか、
「あっ!? うわわわわ~~~!??」
途中で足が引っかかってしまい盛大に転んでしまった。
コロコロと転がり行くヒカル。
――ドッン――
やがて何か柔らかいモノに衝突し、鈍い音が響いた。
ヒカルはおそるおそる目を開くと、辺りは既に真っ暗だったが街灯に照らされた明かりで、今いる場所が破けた金網の場所だと分かった。
近くにツヨシのマウンテンバイクも有る。
そして自分のクッションとなったモノが、下敷きとなり地に伏しているツヨシだと気付いた。
「あ、火野くん! ご、ゴメン、大丈夫?」
「まぁな‥‥」
ナツキはしっかりとリードを握り締めていたはずなのに、また居なくなっていた愛犬を強く抱きしめた。
「あ、トッティ! 良かった!」
この二日間で何度も目にする再会をよそに、ヒカルはツヨシの身を起こした。
「真っ暗だな。さっきまで、あんなに明るかったのに‥‥てかっ、今何時だ?」
「えっとね‥‥」
ツヨシの言葉にナツキが携帯電話を取り出して時間を確認をしようとすると、タイミング良くポップなメロディが流れる。
「あ、お母さんからだ」
メロディ音で着信元を判断するとディスプレイには『母』と表示されており、すぐさま電話を取った。
「もしも‥‥」
『コラ! 不良娘!』
直ぐ様にナツキ母の怒声が飛び、それがヒカルたちにも聞こえた。
『今何時だと思っているのよ! いつまでも散歩から帰ってこないで、さっきまで電話は繋がらないし。GPSも表示されないし。この電話に出なかったら警察に連絡しようとしていた所よ!』
「え、だってまだ午後の三時ぐらいじゃないの?」
『そんな訳ないでしょう。もう七時半よ。辺りだって暗いでしょう。今どこにいるのよ?』
「えっと、枯れ木山のところ」
『枯れ木‥‥ああ、あそこね。もう、なんでそんな所にいるのよ?』
「ちょっとヒカルたちと遊んでいて」
『夏休みだから遊ぶのも良いけど、こんな遅くまで遊び呆けちゃダメでしょう。今からすぐに迎えに行ってあげるから、近くのコンビニとかで待ってなさい。コンビニに着いたら、電話しなさいよ』
「う、うん。解った」
電話が終わり、ナツキは携帯電話のディスプレイに表示されている時刻を確認すると、「十五時三十六分」と表示されていた。
だけど、辺りの様子はどう見ても夕方ではなく夜。
「どういうこと、これ?」
表示されている時間と景色の時間帯が違うことに戸惑うナツキ。ヒカルは魔女が言っていたことを思い出す。
「そういえば魔女さんは、時間の流れが違うとか言っていたよね。それって、こういうことだっんだ‥‥」
常軌を逸した出来事にヒカルたちは口をあんぐりしてしまう。
その出来事が夢で無いか確認するためにナツキは、
「トンドーロパーフィ!」
をツヨシに向けて唱えると、指先から飛び出た電撃がツヨシに命中した。
「グアアアアァァァッッ!」
効果はバツグンだ!
「ナゃニスゅルんダーー!」
雷撃で身体と舌が痺れるもツッコミを入れるツヨシ。
「いや、ちょっと夢とか幻とかの確認をしただけだから‥‥。だけど本当に使えるようになっている」
ナツキは両手の平をまじまじと見つめ、ヒカルとツヨシは破けた金網の先‥‥真っ暗で奥は全く見えなくなった山道を見る。
あの場所で異空間に彷徨い、魔女に出会い、魔法を教えて貰った。
その全てが本当の出来事であり、夢や幻ではないと、ナツキの雷撃と痛みで知った。
妙な感慨深さが胸を打つが、悠長にふける余裕は無い。
「おっと。オレも早く帰らないと母ちゃんに怒られるから、ここらで帰るわ!」
時間‥‥門限という現実を突きつけられて、ツヨシはマウンテンバイクの方へと足を向けた。
「あ、ツヨシ。もう少し待ってたらウチのお母さんが車で迎えに来てくれるから、ついでに送ってあげるわよ」
「別にいいよ。自転車があるしな。それじゃーな!」
ツヨシはマウンテンバイクに跨り、走り去っていった。
自転車のライトや街灯で夜道を照らしているから大丈夫だろう。
「ヒカルは?」
「出来れば、送ってくれると嬉しいかな」
「うん、解った。それじゃ近くのコンビニでお母さんを待ちましょうか」
コンビニを探す中、ナツキはヒカルに話しかける。
「ねぇヒカル。明日も魔女さんに会いに来ても良いかな?」
「多分、良いと思うけど」
「だったら、今度はアヤカも連れてきて良い?」
「アヤカちゃんを? 火野くんを連れてきてもあんな感じだったし、別に良いと思うけど‥‥。なんでアヤカちゃんを?」
「実はね、アヤカも魔法とか興味があるから、魔法が使えるようになるって教えたらすごく喜ぶと思ってね」
「なるほどね、あのアヤカちゃんが。そういえば終業式の時に具合が悪かったみたいだけど‥‥」
「ああ、そうね。でも、流石にそろそろ治っているんじゃないかな。明日、お見舞いついでに行ってみようよ」
明日の約束をして、二人はコンビニを見つけた。
ナツキはさっそく母親に連絡してくれている傍ら、ふとヒカルはトッティが近くに居ても、それほど警戒しなくなっている自分に気付く。
異空間で結果的に二度もトッティに助けられたこともあって、少しだけだがトッティに対する苦手意識は薄れていた。
「ありがとうな、トッティ」
近くに居たナツキが聞き取れないほどの小さな声で、ヒカルはお礼の言葉を述べた。
だが、犬の聴力は人の約十倍ほどあるのでトッティには充分聴こえただろう。
◆◆◆
ここは菊地綾香の家。
そう終業式で具合を悪くして倒れた少女の家である。
真っ暗の自室、ベッドの横になっているアヤカは高温の熱を出し苦しんでいた。
息をするのも咳をするのも苦しく、喉も頭も痛みが続く。一応薬を飲んだが効き目は薄かった。
深く眠れずに意識が朦朧する中で、どこからともなく笛の音が聴こえてきた。
アヤカはテレビの音が漏れ聴こえてきていると思っていると、
『どうシたンだイ?』
部屋の隅から呼びかけられた。
突然の呼び掛けにアヤカは思わず「誰?」と声を出そうとしたが、喉が痛く発声できなかった。
『クルしンでいルみたいだネ』
カタコトな言葉で高い声だった。
ぼんやりとしたアヤカは、その“声”が幻聴のようにも思えていた。
『そのクルしミからタスけてあげヨうカ? どうすル? スベてはキミしだいだヨ。タスけてホしイ?』
アヤカは熱と頭痛で思考能力が低下していたのもあり、何も考えもなしに促されるまま静かに頷いた。
すると暗闇の奥で何かが笑った。
その方向には多数のぬいぐるみが置かれており、その内の一体が動き出すと、口から漆黒のモヤが噴出されアヤカを包みこんでいった。
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