12人が本棚に入れています
本棚に追加
4日目 小悪魔－ティルン－
①
秘密の花園、魔女の庵――
魔女は淡く青く光る水晶玉に手の平をかざしていた。
「うん、ヒカルたちは無事に戻れたみたいね」
水晶玉から伝わる波動からヒカルたちの位置を掴んでおり、狭間の空間から無事に脱出したのを把握していた。
万が一に備えていたが、杞憂に終わり安堵した。
「これなら、ついていってあげた方が良かったかしら？ でもまあ、見守るのも保護者の役目ってね。さてと‥‥」
魔女はお茶を一口飲んでから席を立ち、地面に散らかっている本を拾ってパラパラと読み始める。
ここには調べ物‥‥トッティを怪物にした合成魔法について調べに来ていたのだ。
先のケルベロスとの戦いにおいて自分以外の魔力を感知しており、自分のように魔法を扱える者の仕業なのではと推知していた。
手元にある資料（書物）から合成の種類を調べようとしたのだが、想定外のお客さん（ヒカルたち）に時間を取られてしまった。外の世界では日付が変わっているだろう。
「やれやれ、まさかここにやって来るなんてね。ヒカルと関わったお陰で色んなイベントが起きるわね」
独り言を呟きながら本題に取りかかる。
「さてと合成系の本はと‥‥。そういえば、あのトッティキメラから、ちょっと悪魔的な雰囲気があったわよね。と、すると闇よりの‥‥」
本がぎっしりと収まっている本棚の前にやってきて、目星の本を探していると三段目の棚だけ一冊分の隙間に気付いた。
「あら、ここに入れていた本は‥‥」
辺りを見渡すと床にはいくつもの本が散乱しており、その中で他の本よりも少し新しめの一冊の本に目がついた。
「あ、この本は‥‥」
手に取り、パラっとページを捲る。
「ふむふむ、これは‥‥」
魔女は目的そっちのけで本を読むのに夢中になってしまった。
本来しなければいけないことを前にした時、別の事をしたくなる症候群（心理学で云うところの“先延ばし行動”）は魔女でさえも、かかるものであった。
他のことに気を取られながら、時は流れていく。
◆◆◆
「ふふ。アヤカに魔女さんのことを教えたら驚くだろうな～」
今日の晴天のようにナツキは上機嫌の笑みを浮かべつつ、軽い足取りでアヤカの家へと向かっていた。ヒカルを連れて。
ヒカルが朝ご飯を食べ終わると、ナツキが家にやって来た。
朝のラジオ体操の際にヒカルの家に訪問すると約束を取り付けられていたので、昨日みたいな急な来訪ではない。また、今回はトッティは連れて来てはいなかった。
ナツキがやって来た理由は、もちろん魔女のことである。
アヤカに魔女を紹介する為に、魔女をアヤカの家へと連れて行こうとしたのだが、 昨日、魔女の言付けの通り、まだ家に戻ってきてはいなかった。
「ナツキちゃん、やっぱり魔女さんと一緒に行った方が良くない？」
「でも、魔女さんがいつ戻ってくるのか、解らないんでしょう？」
「まあね。でもさあ‥‥」
ナツキは逸早くアヤカに魔女のことを教えてあげたかったのもあり、魔女の帰りを待つのを辛抱できず、代わりにとヒカルを連れ出したのであった。
ヒカルの母親に魔女が戻ってきたら、ナツキの携帯電話に電話をかけて欲しいと伝言と電話番号を残して。
昨日みたく魔女を探しに行くのではないにしても、
『なぜボクを連れていくのかと？』
ヒカルが不服な表情をしていたのをナツキは汲み取る。
「だって私だけだと嘘っぽいじゃない。ここは証人を連れて行った方が良いかなと思ってね！」
だったら、なおそら本人（魔女）を連れていった方が良いのではと思う。それか、
「昨日教わった魔法を見せてあげれば信じてくれるんじゃない？」
当然なことを言ったつもりだが、今度はナツキが不服な表情を浮かべる。
「あんな物騒な魔法じゃ、アヤカが怖がるじゃない！ 本当は空を飛ぶ魔法とかが良かったのに‥‥」
確かに電撃を放つ魔法は男子ならともかく女子は憧れたり羨ましがったりしないだろう。それはナツキの様子を見ていれば一目瞭然だ。
そんなナツキを見つめていると、ふと想い起こす‥‥二年前はナツキがよく家に遊びに来て、こうして一緒に遊びに行ったりもしたが、三年生の時に別のクラスになってからは音沙汰が無くなった。前の夏休みの時はナツキと一緒に遊んだりしなかった。
だけど魔女と関わり持ってからは二日連続でナツキがヒカルの家に訪ねて来たのだ。
こういう夏休みも良いなと思える気持ちがヒカルの中に生まれていたのであった。
ヒカルの視線にナツキが気付く。
「な、なによ？ 黙ってこっち見て？」
「あ、いや、別に！」
ヒカルは慌ててナツキから視線を逸らしては、「なんでもない」を両手を顔の前に振ったのだった。
「そ、そうだ、アヤカちゃんの家に行くって連絡は？」
「一応、メールで送っているけど、終業式の日から連絡が返って来ないのよね。まあ、お見舞いがてらもね」
「なるほどね」
二人が話しながら歩いていると、
「あれ、水原とヒカルじゃん」
聞き覚えがある声に呼びかけられた。
前を行く道にマウンテンバイクに跨ったスポーツ刈りの少年…‥火野ツヨシがこちらの方へとやってきた。
「丁度良い所で会ったぜ。これからヒカルの家に行こうとしていたんだよ」
「はっ!? なんでよ？」
ツヨシの発言に、ナツキが代わりに問う。
「もちろん魔女さんに会うためだよ！」
明快な理由だった。しかもナツキは自分と同じ理由だったのが気に食わないのか、露骨に苦虫を噛んだような顔を浮かべた。
「火野くんも魔女さんに何か用でもあるの？」
「用って言うか、昨日は面白かったからさあ。また何か魔法でも教えて貰おうと思ってな」
「そうなんだ。でも、まだ魔女さんは帰ってきていないんだよ」
「マジでっ!? ああ。だからまた、あの魔女さんの家に行こうとしているのか？」
ヒカルは首を横に振り、
「今からアヤカちゃんの所に行こうとしているんだ」
と素直に答えた途端、「ちょっと、ヒカル！」とナツキが呼びかけた。
昨日の様に付いてこられるのを牽制してのことだった。
しかし――
「アヤカって？ 誰だっけ？」
ツヨシから返ってきた言葉は衝撃的だった。
「ツヨシ、それマジで言ってるの！？」
アヤカとクラスメートになって早四ヶ月も過ぎているのに覚えていないなんてと、流石に呆れてしまうが、ツヨシらしいと言えばツヨシらしいと思った。
ただ、そもそも男子が女子の名前を呼ぶことは滅多にないので、アヤカの苗字を知っていても名前は知らないという理由は有る。
「同じクラスの菊池綾香ちゃんだよ」
「菊池‥‥。ああ、体育館で倒れたアイツか。で、なんで菊池の所に行くんだ？」
話し合う二人の間にナツキが割って入る。
「ツヨシには関係無いでしょう！ ほら、ヒカル。さっさと行くわよ！」
ナツキはヒカルの手を引っ張り、先へと進んでいく。
そしてツヨシは魔女絡みだと判断して、何食わぬ顔で二人の後を付いていったのであった。
最初のコメントを投稿しよう！