12人が本棚に入れています
本棚に追加
②
後を付いてくるツヨシをナツキは極力無視しながら暫く歩いていると、アヤカの家が見えてくる。
「うおー、でっけぇーな！」
その家を一目見て、そうツヨシが感想をこぼす。
アヤカの家は市内の高級住宅街に在り、街中にも関わらず広めの庭を所有する豪邸だった。
なんでも菊池家は旧家であり、家柄が良い‥‥つまりはアヤカは良い所のお嬢様なのだ。
ちなみにヒカルの家は三十年ローンを残す一軒家。ナツキは借家の一軒家。ツヨシは団地ビル暮らし。各々、自分の家とのレベルの違いを見せつけられているかのようで若干、腰が引けてしまう。
「ツヨシ。一応言っておくけど、アンタがアヤカの家に入れてくれるとは限らないからね」
「へいへい」
ツヨシは同じクラスメートであれどアヤカとは部外者なのである。おいそれと紹介することは出来ない。
それはヒカルにも言えることだが、魔女の件についての大切な証人であり、幼馴染なので良しとした。子供の中でも区別は存在するのだ。
三人は豪華で立派玄関扉の前にやってきて、ナツキがインターホンの前に立ち、凝視する。
よくアヤカと遊ぶナツキもアヤカの家に訪問する時は少しばかり緊張してしまう。ナツキは深呼吸をして、何を言うのか一度頭の中で整理する。
その空きに、
――ピンポーン♪
横からツヨシが押した。
「なに勝手に押してるのよ！」
「だって、どっちにしろ押すんだろう？」
「もうっ！」
勝手なツヨシの行動に憤慨しつつ、応答を待つがウンともスンとも無い。
「あれ？」
もう一度インターホンを押して待ってみるが、やはり応答は無かった。
「いつもだったら、必ず誰かが出てくれるのにな。何処かに出掛けているのかな？ んっ？」
インターホンのスピーカーから“笛の音”が流れてきて、
『‥‥ドうゾ』
低い声が漏れ聴こえた。
すると『カチッ』とドアの解錠音が響き、扉が静かに開いたのである。
開いた先‥‥扉の大きさに比例した広めの玄関口には誰も居らず、丁寧に三足のスリッパが並べられていた。
三人は様子を伺いながら、そろりと全員が中に入ると、
――バタンッ！
玄関扉は勢い良く閉ざしてしまった。
「な、なに！」
不思議な現象にナツキが動揺し、直ぐ様ツヨシが扉を開けようと試みるが微動だにしない。
鍵がかかっているではと思い、鍵のつまみ口（サムターン）を動かそうとしたが、これも動かない。
「どうなってるんだ？」
三人とも明らかに尋常ではない気配を感じ取っていると、
『ドうゾ‥‥ナカヘ‥‥アヤカのモトヘ‥‥』
スピーカーから聴こえてきた声が家中に響き渡った。
三人はお互いに顔を見合わせる。
「なんか様子がおかしいけど、とにかくアヤカの部屋へ行ってみよう！ おじゃまします！」
ナツキは靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて上がり込んだ。
ヒカルはナツキを見習い、同様にスリッパに履き替えては行儀良く「お、おじゃまします‥‥」と挨拶をして上がる一方で、ツヨシはスリッパを履かず、素足のままでナツキたちの後を追う。
◆◆◆
唯一アヤカの部屋の場所を知っているナツキを先頭にして進んでいく中、空間に満ちる雰囲気にヒカルとナツキは思い当たる節があった。
「ねえ、ナツキちゃん。なんかあの排水口の時と同じ感じがしない？」
「ヒカルも？ うん、やっぱりそんな感じがするよね‥‥」
境川にあった排水口が広大な洞窟のようになって、奥でトッティがキメラと化して棲み着いていた場所だ。
「どうしたんだ？」
二人の会話に、その場に居なかったツヨシが訊ねてきて、ヒカルが答える。
「前にね、ここみたいな変な雰囲気を感じ目場所に行ったことがあって、そこと同じ感じがするんだ」
「変な？ あの枯れ木山で彷徨ったことか？」
確かにあれも変な場所であるが、そこと比べて感じる“イヤ”な‥‥まるでべっとりと粘着質な空気がまとわりつくよう気配は段違いではあった。
「あそことは別の所だよ。火野くん、注意していた方が良いよ。あそこより危ないかも知れない」
「マジで!?」
もしかしたら、またトッティキメラのような化け物が現れるかも知れないと注意を促す。
ましてや今は魔女さんが側に居ないのだ。
辺りを警戒するのように、三人はゆっくりと進んで行く。
アヤカの部屋は二階にあるので階段を上っていき二階へと辿り着くと、ヒカルたちの一番近くにあるドアが、
――ガチャ！！
と、突然開いた。
「「「うわっーーー！」」」
突然の出来事に三人は驚きの声をあげてしまった。
「な、なんだよ!? 誰か居るのか？」
ツヨシはドアが開いた部屋の様子を伺う。
ベッドや机、タンスが置かれている、なんの変哲も部屋（客室）のようだが、誰かが居る気配は無かった。
「誰も居ない、な‥‥」
ツヨシの状況報告にナツキは身を震わせた。
異変たっぷりの空間から今すぐにでも脱出したかったが、友達を見捨てられない思いの方が強かった。
「もしかしたらアヤカが危ない目に遭っているんじゃ！？ ねぇ、早くアヤカの所に行って、助けに行こう！」
ナツキたちは再び足を動かし、アヤカの部屋へと向かっていく。
想像以上に長い廊下を前進し、ようやくアヤカの部屋のドアの前に辿り着いた。
友達の部屋に入るまで、ここまで時間を要したことは無い。ヒカルとツヨシは改めてアヤカの家の広大さを思い知った。
――コンコン！
念の為にナツキが部屋のドアをノックする。
「アヤカ、居る？ っ!?」
すると、またしても玄関の扉の時と同様に自動的に開いた。
その場から部屋の中を覗くと、ピンクのカーテンで閉められており薄暗かったが、中の様子を窺い知れた。
部屋には沢山のぬいぐるみが置かれており、綺麗に整頓されている。
如何にも女の子の部屋にツヨシの胸が高鳴った。
「アヤカ、居るの？ どこ～？」
ナツキが足音も立てないように静かに部屋の中に入っていくと、ヒカルたちも後に続く。
「あっ!? アヤカ！」
キングサイズのベッドに横たわるアヤカをナツキが発見した。
その寝顔は苦渋に満ちていた。
苦しんでいるアヤカの寝顔に注視していると、何処からともなく“笛の音”が聴こえてくる。
「さっきからなんだ、この音？」
ヒカルたちが音の発信源を探ろうと辺りを見回していると、
『キミたち‥‥そのコの、トモダチだネ？』
自分たちよりも子供っぽく高い声が響いてきたのである。
“そのコ”とはアヤカの事を差していると思い、ついナツキが答える。
「そ、そうよ！」
『だっタら‥‥そのコが、イるバショにツれてってアゲルよ。そのホウが、あのコもキミたちもヨロコぶでしょう』
「居る場所？ え、アヤカはここに居るんじゃ!?」
ナツキの問いかけもそっちのけで、突然辺りが歪みだした。
「な、なに!?」
ヒカルたちは強制的に身体全体をグルグルと回転されては、頭を激しく揺らされるような感覚に苛まれた。
あまりにも酷い体感にヒカルたちの意識が遠のき、世界は暗闇に閉ざされた。
最初のコメントを投稿しよう！