42日目 魔女が現れた

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   ④  森を前へと進んでいく中、ヒカルは異変(いへん)に気付いた。 「あ、あれ‥‥。おかしいな‥‥」  どこまで行っても森から出られなかったからだ。  普段(ふだん)だったら、ただ真っ直ぐ行けば五分ほどで通り抜けられるはずだが、もうかれこれ二十分(にじゅっぷん)ほど歩いているのに森を抜け出せずにいた。  何本もの木々とすれ違ったが、まるで同じ場所で足踏(あしぶ)みしているかのようだった。まるで木々も進む方向へと動いているのような気がするほどに。  ヒカルは方向を変えて、右へ左にも行ってみた。  今来た道を戻ってみたが、この森から出ることも、森の終わりを見ることが出来ずにいる。  “一度立ち入ったら出ることは出来なくなる”  ふと陽無(ひなし)の森の言い伝えを思い出した。  半信半疑(はんしんはんぎ)だったが、今自分の身に降りかかっていると、何とも言いようのない不安(ふあん)恐怖(きょうふ)(おそ)いかかる。  やがてヒカルの(ひとみ)(なみだ)が浮かび、(こぼ)れそうになった――その時だった。 「うわっ!」  突如(とつじょ)、何も無い空間(くうかん)から(まぶ)しい光が(ひらめ)いたのである。 「な、な‥‥!?」  淡く優しい光が薄暗(うすぐら)い森を()らす。  薄目(うすめ)様子(ようす)(うかが)っていると、光の中からぼんやりと“人の姿”が見え始めた。  それは幻想的(げんそうてき)で、不思議(ふしぎ)光景(こうけい)だった。  その“人”らしき物体(ぶったい)は、(こし)の所まである長い(かみ)をなびかせながら(ちゅう)に浮いていた。それを黙って見るしか出来なかった。いや、金縛(かななしば)りにあったかのように身動きが取れないでいた。  やがて光が集束(しゅうそく)して(おさ)まると、ハッキリと人の姿だと視認(しにん)できた。  その人物は女性(じょせい)だった。  (ととの)った顔立ちに、スマートな体型(たいけい)。言うならば美人や美女と(しょう)されるであろう容姿(ようし)。  その長い髮の女性はゆっくりと落下(らっか)し、両足(りょうあし)地面(じめん)に着けた。 「‥‥あら?」  女性は、その場に立ち尽くすヒカルに気が付き、自然と視線が合わさった。  奇々怪々(ききかいかい)な光景と出来事に呆然(ぼうぜと)するヒカルは、まぶたすら動かせない。  瞬間冷凍(しゅうかんれいとう)されたように(かた)まっているヒカルに、女性の方が(おく)せずに声をかける。 「キミ、誰かしら? そもそもなんで、ここに居るの?」 「え、あ、その‥‥」  突然目の前に現れた女性に対して、それはこっちの台詞だと思ったが、上手(うま)言葉(ことば)を口から出せなかった。  未だ混乱(こんらん)困惑(こんわく)から(だっ)してはいないからだ。 「てか‥‥もしかして、今の見た?」  言葉を(はっ)せられないヒカルは、うんうんうん、と三度首を(うなず)いて魅せた。 「あちゃ~。そうか、見ちゃったか。おかしいな~~。結界(けっかい)を張っていたから、ここに誰も来れないようにしていたのに‥‥。まぁ仕方ない、こんなこともあるか」  軽い口調(くちょう)で語る謎の女性に少し和んでしまい若干落ち着いてきた。 「お、お姉さん。一体何者なの? いきなり、光の中から現れて‥‥しかも、宙に浮いていたよね? どういうこと?」  ヒカルは(のど)の奥に()まっていた言葉がやっと()き出せた。  その()いに女性はあっけらかんとした表情で、 「やっぱり、しっかりと見ていたのね。見ていましたか。う~ん、なんと説明しましょうか‥‥。まぁ、良いか。じつは私はね…“魔女”なの」 衝撃(しょうげき)の言葉を口にしたのだった。 “魔女”  (しば)しの沈黙(ちんもく)。  ヒカルは、小学四年生の九歳。  まだ夢見がちの子供ではあるが、それなりの社会常識(しゃかいじょうしき)を持ちあわせてはいる。  女性は見た目的に高校生(こうこうせい)ぐらいだろうか。高校生と言えば小学生のヒカルに取っては“大人”である年頃(としごろ)の女性が“魔女”と名乗ったのが意外だった。  だからこそ「えっ?」と短い言葉が()れた。  しかし――先ほど見た光景。それが魔女発言に確かな真実味(しんじつみ)を持たせていた。  ヒカルは改めて真偽(しんぎ)の確認を取る。 「本当に魔女?」 「ええ、そうよ。まあ、魔女だと野暮(やぼ)ったいから、魔女っ子とか魔法少女の方が良いかしら?」  先ほど見せたあっけらかんとした表情で、あっけらかんと答える。 「しょ、証拠(しょうこ)は?」 「さっきので充分(じゅんぶん)でしょう」  何も誰も居なかったはずの場所に、突如出現(とつじょしゅつげん)した超常現象(ちょうじょうげんしょう)。しかも(ちゅう)()いていた。 「あれは一体何(いったいなに)をしていたの?」 「何をしていたか‥‥う~ん。説明(せつめい)しても良いけど、多分、今の君じゃ理解(りかい)できないと思うし。話しても時間(じかん)無駄(むだ)になるから‥‥説明するのはヤメておきましょうか」 「え‥‥?」  有耶無耶(うやむや)返答(へんとう)()めくくられてしまった。 「だけどその()わり、此処(ここ)で逢ったのも何かの(えん)だし。私が魔女(まじょ)であることを示すためと、私のことを内緒(ないしょ)にして(もら)うために、君の(ねが)いを(なん)でも(かな)えてあげるわ!」 「ねがい? そ、それって、どういうこと?」 「言葉の通りよ。私は魔女だからね、どんな願いでも“魔法”で叶えてあげられるわよ。ほら、童話(どうわ)とかでよくある魔女のように、お菓子(かし)の家を出したり、ネズミを馬に変えたりとか、何でも出来るわよ」  不敵(ふてき)不可解(ふかかい)な言葉と(もう)()に、ヒカルは(いぶか)しげるしかない。  だが、どんな願いでも叶えてくれるという言葉に()(うご)かされてしまい、頭の中で色んな願望(がんぼう)を浮かべてしまっていた。  その中で夏休みに叶えられなかった、あの“願い”を思いついた。 「‥‥それだったら、ポルアというモンスターを出してよ」 「へ? ぽるあ?」  聞き慣れぬ言葉に魔女とあろうものが聞き返してしまった。 「もしかしてお姉さん、モズパを知らないの?」 「もずぱ? なにそれ? 美味(おい)しいの?」 「食べ物とかじやない。えっとね、モズパはね‥‥」  ヒカルはポケットの中に入れていた携帯ゲーム機を取り出し、魔女の前に差し出した。  モズパ――正式名称(せいしきめいしょ)“モンスターZOOパニック”。  モンスターを捕まえて、モンスターを動物園のように飼育(しいく)観覧(かんらん)させて、時にはバトルすることが出来る育成ゲーム。子供から大人までも熱中させてしまっているのだ。  このゲームにハマってしまった為に、ヒカルは夏休みの宿題が出来なかったと補足(ほそく)しておく。  ちなみにモズパに登場するモンスターは全部で八百匹いるらしく、ヒカルは友達と協力してモンスターを集めていたが―― 「そのゲームに登場(とうじょう)するモンスターで、ポルアというモンスターがね、イベントとかでしかゲットできなくて、コンプリートできなかったんだ」 「なるほど、ゲームね」 「どう?」  ヒカルは(わら)にもすがる思いで、(あれ)いに満ちた眼差(まなざ)しを魔女に向ける。  しかし科学の叡智(えいち)が生んだゲーム機と時代錯誤(じだいさくご)な魔法。相反するモノ同士ではある。  ダメ元で頼んでみたのだったのだが―― 「いいわよ」  魔女の呆気無(あっけな)返事(へんじ)に、思わず「え?」と(おどろ)くヒカル。 「ちょっと、これ借りるわね」  無邪気(むじゃき)な笑顔を浮かべながらヒカルのゲーム機を受け取ると、両手で(やさ)しく包み込んだ。 「“ゲーム機”だって、要は“魔法”みたいものだからね」  魔女の手から青い光が発せられ、それはやがて光の輪‥‥幾何学模様(きかがくもよう)複雑(ふくざつ)に組み合わせられて、魔法陣(まほうじん)形状(けいじょう)になっていく。  その光景をヒカルは、口をあんぐりと開けて眺めていた。  そして魔女は不思議な言葉――呪文を唱えだす。。 「ファントゥジィオ・ダ・エクジィトス・フィグーロマーソン・ミィ・アントゥ・エペリ(幻想の存在よ。姿を構築し、我の前に現れよ)‥‥」  光の魔法陣はゲーム機のモニターに吸い込まれていくように消えていったと思ったら、ゲーム機のモニターから“物体”が飛び出した。  それは―― 「ぽ、ポルアだ!」  目の前に現れた生物は、鳥の翼のような形状をした長い耳、銀色の毛並みから世族に(まばた)く星のようにキラキラと(きら)めいていた。  小動物でありながらライオンのように(いさ)ましい貫禄(かんろく)(ただよ)わせていた。  その姿はゲーム雑誌で見た“ポルア”という名のモンスター。  ゲーム上のモンスターが目の前に、現実の世界に現れたのだ。  てっきりヒカルは、裏技を使ってポルアのデータを出現させるものだと思っていたが、。それが、まさかである。  架空(かくう)の生き物であるポルアは、はしゃぐヒカルに驚いたのか、耳の翼を羽ばたかせて、どこかへ飛び去っていった。 「え、あ、なに、今の何? え、えっ!?」 「あなたのお望みどおりに、ポルアというものを出してあげたのよ」 「ポルアが。なんでゲームから出たの?」 「あら? 君はそれをご所望じゃなかったの?」 「ポルアがゲームに出てくるものだと‥‥」 「だから出してあげたでしょう」 「いや、あんな風に本当に出てくるなんて‥‥。そんなこと思いもしなかったよ!」 「まぁ、少し食い違ってみたけど、ある意味間違(いみまちが)ってはいなかったんだから良いじゃない」 「いや、間違ってはいると思うけど‥‥それはそれで、えっと‥‥」  何が正しいで、何が間違っているのか混乱(こんらん)しているヒカルに判断はつかなかった。  改めて女性をじっと見つめ、(たず)ねた。 「お姉さん‥‥一体何者なの?」 「ふふ、言ったじゃない。魔女だって」  その言葉は初めて聞いた時よりもズッシリと感じるほどの真実味(しんじつみ)が有った。 「それより良いの? あの逃げた生き物をほっといて?」 「あ、そうだ!」  飛び去ったポルアを姿を見つけようと辺りを見渡しが、どこにも見当たらなかった。 「もうどこかに逃げたんじゃ‥‥」 「大丈夫よ。今、この森には結界を張られているから、外からは誰も侵入(しんにゅう)できないし、逆に中から外に出ることも出来ないようになっているわ。だからさっきの生き物は、この森の何処かにいるわよ」 「森から出られない。あれ、それって‥‥」  どこまでも行っても、どこへ行っても、森から出られなかった理由を知った。 「それじゃ(つか)まえに行きましょうか?」 「捕まえるって‥‥どうやって?」 「ん? そりゃ捕まえるとなれば、決まっているでしょう!」  魔女は人差し指を立てると、クルっと回して小さな円を(ちゅう)に描いた。  すると先ほど同様に光の輪‥‥魔方陣(まほうじん)が現れたと思ったら、魔法陣の中虫取りアミと虫かごが出現したのである。 「さあ、あのモンスターを捕まえに行きましょう!」  虫取りアミをヒカルに手渡して、魔女は虫かごを自分の肩にかけると、ポルア探しをすることになった。  何もない場所から何かが現れる。  何度も繰り広げられた超常現象(ちょうじょうげんしょう)に、ヒカルは次第(しだい)に‥‥いや、すでに先を行く女性を“本物”の“魔女”だと信じ込んでいた。
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