私の唯一の「好き」を彼は手放した。

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 穏やかな彼の声にはっとする。  さっきまでの眉尻を下げて狼狽えていた表情は消え失せて、グレーがかった瞳が優しく揺れている。 「紫がそんな風に怒ってくれるなんて思わなかった。俺にいっぱいわがままを言うのは甘えてくれてるからなんだって思ってたけれど、最近ちょっと自信がなくなっていたんだ。紫は俺のこと本当に好きでいてくれてるのかなって」 「は? 何言って────」 「だから、昨日妹を連れてたところを誤解して、俺が浮気してるって思い込んでこんなに怒って……。不謹慎だけど、なんだかすごく安心したんだ」  桐谷君はそう言うと、掴んだ手首を自分に引き寄せ、呆然としたままバランスを崩した私を胸で受け止めた。  彼の両腕が私の背中へと回る。 「かっ、勘違いしないでよっ! 怒ってるのはそういうわけじゃ……」 「はいはい。どんだけツンデレだよ、もお」  抱きしめられたまま後頭部をぽんぽんと撫でられて、鬼の首を取ったように息巻いていた自分が急に恥ずかしくなった。 「……で、メガネ買いに行ったはずなのに、なんで今日もコンタクトなの?」 「色々探してみたんだけどさ、やっぱり紫の気に入ってくれるメガネがいいなって思って。今度の週末こそ付き合ってよ」  顔を上げると、グレーがかった切れ長の瞳が細められ、お日様の光を含んだ髪が琥珀色に透けている。 「あのメガネじゃないなら、何を買ったってどうでもいいよ。……まあでも急ぐんだろうし、来週は付き合ってあげる」  その一言を言った途端、顔がみるみる熱くなる。  桐谷君はそんな私を見て甘い笑顔を綻ばせた。 *おわり*
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