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別に桐谷君が好きなわけではない。
黒よりも少し明るい地毛が陽射しを含んで琥珀色に透けるのも。
形の良い切れ長の瞳が少しグレーがかっているのも。
私より頭ひとつ分高い背丈も、甘く綻ぶ笑顔も、わがままな私をいつも許してくれる包容力の高さも。
そんな色々が好きってわけじゃなくって。
「なのに、どうして――――」
私が好きだった桐谷君のその一点を、彼は手放してしまったのだろう。
「ああ、これ? 昨日自転車でコケちゃって。擦り傷ですんだんだけど、倒れた自転車の下敷きになって、フレームが曲がっちゃってさ」
久しぶりのコンタクトなんだけどどう? と。
桐谷君は、メガネ越しよりもわずかに小さく見えるグレーがかった瞳を細めて微笑んだ。
その顔にイラつく。
「壊れたメガネはどうしたの? まさか捨てたりなんかしてないよね?」
「え? 捨てたよ。もう何年も使ってたし、第一あれはもう修理じゃどうにも……」
「どうして捨てちゃうのよ! 桐谷君はあのメガネじゃなきゃダメなのに……!」
メタル素材のハーフリムにスクエアに近いオーバル形のレンズが嵌め込まれた、知的な硬質さを持った桐谷君のメガネ。
私にとっては、あのメガネこそが桐谷君であり、あのメガネをかけた桐谷君じゃなければ好きじゃないのに。
「紫がそんなにあのメガネを気に入ってたなんて知らなかったよ。週末に新しいメガネを買いに行く予定だから、一緒に選んでくれる?」
「嫌! あのメガネ以上に桐谷君が桐谷君らしく見えるメガネなんてないんだからっ――」
胃の辺りから沸き上がってくるイラつきを唾を吐くようにアスファルトに乱暴に叩きつけ、私はオロオロする桐谷君を置き去りにして足早に駅へと歩いた。
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