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日が暮れると山から下りてくる風が運ぶ砂と靄で淡く煙るのは、ノーヴイのこの季節の風物詩のようなものだ。アグロス国王の『平和宣言』に端を発する『新都』への遷都から十年とすこし、街が成長し、いくらかの対策を講じてもこの季砂靄は治まることはなく、むしろ住人はここ特有のものとして受け入れ、季節の移ろいを知る標の一つとして感じているところもある。
とはいえ、それは暮らし慣れた住人のこと。旅行者や住み始めてまだ日の浅い者にとっては驚きを禁じ得ない現象でもあり、噂に聞くよりもっと、という感想を抱く者はもちろん少なくない。
街は、山を背にした王宮から計画的に造られた中心部へとまっすぐに太い『大河通り』が貫き、確かに戦争――防衛にはあまり向かない構造をしている。通りは入都の門まで伸びているが、人口の増加に伴って街はどんどん外側へ広がっていっているために通りも延長を重ね、門番の詰め所はほぼ毎年移動を強いられている。
メイン・ストリートやその周辺は旧都であるアグロスよりも素晴らしく、の合言葉の通り、過去の王都に負けずとも劣らない様相を呈している。曰く――美しく、便利で、安全だという!――もちろん『昔は良かった』とアグロスを懐かしむ懐古主義者は連夜、どこかの酒場でこぼしてはいるが。
広く世界に目を向けてみれば、このアグロスという国は大陸――過去、『世界を旅した』探検家アル・カゴリックが『全てのものがある』と古い言葉で賛じたと云われる大陸の西方に位置しており、中央や南方ではいまだ、周辺の――ひいては、大陸の!――覇権を賭けて争っている国々もあるが、ここしばらくのアグロス周辺の均衡は――アグロス国王の件の宣言は大袈裟ではなく、安定している。北方ルートを通じてアグロスは東方諸国ともつながりを持ち、向こうの水準高い技術や文化も取り入れ、今日の発展を続けている。
もっとも、その技術を以てしても季砂靄は消し去れてはおらず、街から離れた旅路には野盗やそれ以外の――人間以外のものも含めて――危険が伴い、それを指して王の宣言を揶揄するものもいるが、アグロスがその繁栄を享受していることを否定するものは滅多にいない。
この日も、夕暮れから現れはじめた季砂靄がうっすらとノーヴイの街を覆い、陽から明かりを引き継いだ月が街を淡く薄暗い世界に誘っていた。
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