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「あなた、協会に対して何を握っているの? 彼らが生かしている理由が何かあるのでしょう――わたしはあそこと距離を置いているし、従属するつもりがない事は知っているんじゃない?」
「偉そうな口を叩くな、あの組織がなければそもそも存在し得ない娘」
男は弱っているとは思えない口調で、にやりと笑った。
「魔術師協会にもお前にも情報を与える義理はないな」
「マースラっ!」
ヴァダーがマースラの左手を引き、強引に下がらせる。
その、さっきまでマースラがいた空間に何かの気配が通りすぎた。
男はにやにや笑いを崩すことない。
「あんた――何者だッ?」
「そこの娘が言ったろう。今はあるところで『妖術師』と呼ばれている。
マースラ、だったか。『蛇女の遠縁の娘』とこんな場所で会えるとは奇遇も奇遇、いや僥倖か」
男がすっと立ち上がった。
拘束はされていない。
「どうやってここを? というのも愚問か。貴女の能力を以てすれば、私一人捜し出すなど造作もない事だろう。まさか協会の使いで来たわけではあるまい」
「――警邏隊よ」
マースラは全身で嫌悪感を表していた。
その組織の名が余程意外だったか、『妖術師』は数秒の間を置いて哄笑した。
「はははッ! いやこれは面白い! 素晴らしい冗談だよ、『遠縁の娘』ッ」
「冗談でもないさ」
男の横に回り込んでいたヴァダーがその腕を掴む。
「街を騒がせている、人を襲う異形の獣――あるいは人さらいもしているのか? ともかく、昨日斬ったあのバケモノの主があんたなら、俺たちは警邏隊にあんたを引き渡す。それだけだ」
ヴァダーの手を『妖術師』が振り解こうとするが、膂力に圧倒的な差があるためか微動すらしない。
「斬ったのか、あれを! 貴様ッ、あれを作るのにどれだけ苦労したと思っているのだッ!」
「そうね。大したできだったわ」
冷ややかにマースラが言う。「でも、人を襲うのは、ね……」
「貴女に言われるとはなッ」
ヴァダーから逃れる事を諦めた風情で、『妖術師』はにやにや笑いを止めようとしない。
「いいだろう、確かに『異形の獣』を造り、放ったのはいかにもこの私だ。私を捕縛して解決すると思うならすればいい。官憲どもに引き渡せばいい。ああ、無様に暴れるような真似はしないでやろう」
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