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この日もノーヴイの街は季砂靄に覆われ、うっすらとけぶる景色となっていた。
赤牛亭にヴァダーの声が響いたのはそんな日の、夕刻だった。
「騙したなッ!」
警邏隊のパノースがヴァダーの正面でなだめるように両手を挙げていた。
「そうじゃない、終わってない、って言ってるんだ」
件の『妖術師』ルイバローフを警邏隊に引き渡してから四日後。ヴァダーとマースラが赤牛亭でツケを払うの払わないのという話をしていたところにパノースが、ルイバローフの取調べについての経過を話しに来たのだった。
その時に報酬のことをヴァダーが持ち出すと、パノースは「まあ待て」と、事態の説明を続けた。
「あのルイバローフだが、ウラがあるようでな」
この日もソーダ水で喉を潤しながら、パノースは言う。
「死体の見つかっていない――特に子供が多いんだが――のが問題なんだ。未確定だが、どこだかで人身のオークションに出てた、という証言もある。あの『妖術師』がそういう組織と繋がっている可能性も高い――ヤツが口を割ったわけじゃないがな。
だとすると、この事件はいまだ解決してないんじゃないか?」
「詭弁ね」
マースラが言い捨てる。
「わたしたちの仕事は済んでるんじゃないの? 人身売買? そんなことは知らないし、そこまで――その捜査だとか組織の壊滅だとか、そんな仕事だったの?」
そうじゃない、と言うパノースに畳みかける。
「それならとりあえず今回のルイバローフを捕まえたことへの報酬が出てもおかしくないんじゃない?」
「わ、わかった――掛け合ってみよう」
気圧されるようにパノースは言い、席を立った。
「また来るよ。変化があったら教える」
そそくさと赤牛亭を出ていく捜査官にマースラが追い打ちをかけた。
「次来る時には報酬持って来なさいよッ!」
水か塩でもぶっかけそうな勢いで言ったのちに、マースラは目を丸くしていたエラに駆け寄った。
「見てたでしょう、今の。警邏隊からの報酬待ちなのよ。だから今日の分もつけておいて」
エラは半ば呆れたようにぽかんと開けていた口を笑みに変えた。
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