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「目の前であんなことされたらね、嘘だとは思えないし。仕方ないかな、ねえ、アル」
アルバックは軽く手を挙げて承諾を表していた。
「まあ、払わないワケじゃなさそうだからもうちょっと待ってみようか、ヴァダー」
マースラは残っているジョッキを取った。
ヴァダーはというと、最初にパノースに対して吼えたあとは何か考えるように無言でジョッキを空け続ける作業に没頭していた。
「ヴァダー?」
「あ? ああ、悪い」
「気疲れた気分は解るけど、しっかりしてよね」
言いながらマースラも酒を空けてゆく。
――実のところ、マースラはそれほど強いわけではなく、数杯も飲むとすっかり呂律の回らなくなった舌で、ぐだぐだと協会への文句を述べ始めるのだった。
ついにはテーブルに突っ伏して、鼾混じりの寝息をたてだす。
仕事のあとはよく見る光景でもあった。
それはすなわち、マースラにとってはこの『仕事』は区切りがついたと意識していることを意味している。
夜半を過ぎて、人足や商人などが勘定を済ませ、他の客がかなり減ってきていた。
ヴァダーは人の流れとテーブルを縫って軽快に駆け回るエラの姿を眺めながら、さっきよりは落としたペースでゆっくりとジョッキを傾けていた。
ひと段落ついたエラが、ヴァダーに近寄ってくる。
「お疲れさま」
と、温い水を持ってきて置く。
「警邏隊って、昨日言ってたのがあれ?」
エラにヴァダーは頷いてみせる。「近い内に入るのよね?」と念押しのように確認する娘に、「さっきのを見てただろう」と返す。
含み笑いを浮かべて、エラはマースラにも目をやった。
「すっかり寝ちゃって、まあ。連れて行こうか?」
「ああ、頼む」
エラは笑顔のまま、マースラを軽々と持ち上げる。
「たまに見るが――けっこう力持ちだよな。エラ」
「この仕事してるとね、鍛えられるのよ」
冗談とも本気ともつかない調子でエラは言って、だらりと体重を預けたマースラを抱き上げて階上に運んでいった。
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