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あの『しゃれこうべ』はどうしただろうか。どこにやるわけにもゆかず、魔術師協会からも距離を置いたマースラはそこに提供する事もなく、まして神聖教会に押し付けるでもないままマースラが持っているのではないか――
アグロスで懇意にしていた情報屋ももういない。
「今だに奴隷商がいるのか――」
コップの水はゆらゆらと廻る。
もちろん、あの時の男ではない。ヴァダーに枷を嵌めた男はヴァダーが撲殺し、サラがその錠を奪った。
正義感が疼いた、などとは云えなかった。
しかし、ヴァダーの中でここ数日のことが一片ずつのピースとなって、絵を描きつつあった。
街の人を襲っていた『異形の獣』のこと。
その『獣』を生み出した『妖術師』のこと。
先日『妖術師』を発見した時に感じた何者かの気配。咄嗟に『相棒』を引っ張って免れたが、あの場には確かに何かがいた――その気配のみ感じ取っていた。
あの『妖術師』が何の研究をするにも、資金がいるはずだ。
それに、パノースが言った人身売買とのつながり。
稼ぎにならないこととはいえ、自分の満足感を刺激するに足る結果がその先には僅かでもあるのではないか――そんな自問自答を、コップに映る己としていた。
その問いと答えを飲み下さんとするかのように、水を一気に飲み干す。
コップを置いたところで、マースラを運んで下りてきていたエラと目が合った。
「考え事? いやに難しい顔してさ。
――ま、そう言う時のあなたってハンサムよね」
探るような、誘うような瞳の色で、酒場の娘はヴァダーを見上げていた。
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