2人が本棚に入れています
本棚に追加
2
奴隷、という階級が廃止されてもう数年になる。
それまでは戦で捕らえた者を剣闘士奴隷として闘わせたり、あるいは寒村から売られてきた子供などが売買されたり、ということは公然と行われ、また法を犯すものでもなかった。
それが禁止され、奴隷は解放されたのが数年前の事だ。
解放されたもと奴隷たちはそのまま使用人として働いたり、自由を得て別の事をはじめたり、また剣闘士も自由職となった。剣の腕を生かした稼業に転じたものも少なくない――が、それがすべてもと奴隷にとって等しく幸せなことかと問われると疑問符は残る。
もと奴隷への差別がすっぱりと消えたわけではないし、金銭を介してのやりとりも表面上はなくなったが裏では未だに行われている。
結局のところ、廃止はされたものの完全に消え去り、『綺麗に』なったわけではないのが奴隷たちの現状ではある。
アグロスでもそうだった。
ここノーヴイでも、そうだ。
街の南西側にどんどん進むと、山の手とはまったく別の世界になってゆく。
むしろ、ヴァダーはこの雰囲気が肌に合っていると感じていた。石畳が舗装されているものの永遠に取れそうにない汚れや、そもそも舗装もされていない地域の空気。下水は整備されてはいるがその臭いが地上にまで届いてきそうな、あるいは地上の臭いか下水のものか判別に迷うような淀み。用水路も決して綺麗な流れとは云えず、スラムの混沌とした様相に溶け込んでいる。
ヴァダーは嘱通りの入り口で買った骨焼き鶏肉をかじりながらこの剣呑な空気漂う地区を歩いていた。
マースラはまだ寝ているだろう。
「さて……どうするか」
堅い肉を噛みながら呟く。
情報を仕入れられる相手はこの街ではまだいない――そこまでの関係を築けている者がまだいない、と云うべきか。
情報屋となる者が欲しかった。
それなら、赤牛亭よりももっと――いわば下町に通じた者がよい。
最初のコメントを投稿しよう!