第1章 新帝即位し、泰郡王は双珠親王に封じられる

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ーこの木も内側から朽ちるのか  今上の第三皇子、泰郡王・楊昭は王妃劉氏とともに王府の庭にそびえる木を見上げた。  合歓木(ねむのき)の大木だ。素人目には何も異変は見つけられない。しかし、庭師に言わせれば、寿命が近いという。  内側が朽ちてしまった。  かつて、太い二股のところは、少年が二人乗ってもびくともしなかった。いずれ生まれれば息子もまた登るだろうと思っていたのに。  小さな翁主は誰に似たのか大変活発で、木に登ろうとすらする。誠に纏足しなくてよかった。合歓木であれば、登っても安心であろうと思ったのに。  この、貧しい大夏帝国において、纏足とは生まれながらにかしずかれて育つという、贅沢の極みを意味する。  翁主は生まれたばかりの頃に纏足をしようと王妃や泰王生母の柳妃が言ったのだが、泰王が反対した。 「翁主は陛下の孫である。嫁への行き先は心配する必要はない。それよりも足が不自由になることの方が気の毒だ」  足が悪いのは泰王本人だ。歩けることの自由さは、後天的に片足が麻痺してからの不便さからよくわかっている。生まれたばかりの頃に纏足を施された王妃は一人ではよたよたとしか歩けない。母妃も同じだ。二人ともそういう世界しか知らないからこそ、纏足をしようというのだろう。 「しかし!」  母妃の主張に一人めずらしく泰王が反対した。 「平昭公主も纏足していないではないか。翁主は公主に倣う」  今上には五人の皇子ののちに公主が生まれた。母妃を早くに亡くした公主は、子のない李賢妃の元で育てられた。この人は皇后と共に最も古くからの側妃だったのに、子がいなかった。公主可愛さに李賢妃の元に陛下が通うようになり、とうとう賢妃は第七皇子を授かった。  幸福を呼んだ公主として皇妹は後宮の中、どこの宮でも可愛がられて自由気ままに歩き回って育った。剣を持てば、一人前に扱う。もっとも、距離を稼ぐことのできる弓の方が好みらしいが。娘子軍を率いた唐の平陽公主に倣って、平昭公主と封号された。  その公主も、もう数年もすれば、どこかの公子に嫁ぐことになろう。それは誰だ。年頃の息子を持つ裕福な親たちはこぞって賢妃の元に通った。賢妃所生の第七皇子も皇帝の覚えがめでたい。 ーかつて我らがあの枝に立って、屋敷をどうしようかと話した、あの木が朽ちた  この夏は異常なほどの花の量だった。それは死にゆく生物が最後に子をなそうとしたのだろうか。 「殿下、このまま放置して突然倒れたら大変でさあ」  弟の徐王がよこした庭師は計画的に切り倒すことを勧めた。 「殿下、いかがいたしましょう?」  王妃に促されて泰王は呟いた。 「切り倒すしかあるまい。倒れて誰かが下敷きにでもなったら大変だ」  翌日には切り株だけが残っていた。  江南の地は豊かな土地だと人は言う。  しかし、戦乱を繰り返す中、大きな木はほとんどない。実をつけぬ木は、すぐに切り倒され、焚き木になるか、建物にされる。  大きな木があるとすると、王府のような恵まれた人の屋敷だけである。
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