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「空いてるけど……」
「じゃあ例の約束、来週にしましょう。曜子さんが忘れない内に連れて行って貰わないと」
「忘れたりしないわよ」
曜子さんがムッとした顏で返してくるのがおかしくて笑っていると、彼女が表情を失くして、俺から視線を逸らすように俯いた。
「鵜飼君ってどうして……」
「え?」
彼女の言葉が途切れた。
車内の空気が変わった気がした。暗い車内では彼女の表情も良く見えない。気分が悪いのか、なにか気に障ったのかわからずにいると、彼女は俺の方を見た。
「私の事……哀れに思った?」
その言葉は胸に刺さって、うまく返答出来ない。一方彼女は我に返ったように表情を変えた。
「ごめん、変な事を言って。着いたみたい。傘……はもう要らないわよね。タクシー代……」
「いらないです」
「そ、そう? じゃあ甘えるね。おやすみなさい」
彼女は逃げるようにタクシーから降りた。扉は閉められ、そのままタクシーは動き出し、見送る彼女の姿が小さくなっていく。
「ああ、もう!」
苛立ちをそのまま声に出して、片手で額を覆う。
夜の雨はその後も止むことなく、俺を一層憂鬱にした。
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