去年

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去年

🎆  大げさな荷物は、昔から好きではない。高校生の時から使っている、お気に入りのメッセンジャーバッグ一つを肩に引っ提げて、僕は新幹線に飛び乗った。キオスクで買ったお茶のペットボトルを手に、もう片方の手で額に滲んだ汗を拭う。  バッグには替えの下着一日分と、Tシャツが二枚。半パン。充電器。財布とスマホは、デニムパンツのポケットだ。あとは、向こうでどうとでもなる。  自由席は空いていた。やはり帰省の時期をずらして正解だった。でも、一年ぶりに生まれ故郷に戻る感慨のようなものはない。  大学がある東北の地から、少しばかり南下した地方の実家に帰るのは、二十歳になってから初めてだ。  成人式は、地元はもとより現在の生活拠点でも、出席する気がなかった。普段から何をしてくれるでもない、名前すら知らないお偉方の祝辞を長々と聞くだけの行事に、何の意義も見出せない。その分、バイトでもしていたほうがずっと生産的だ。式後の友達との会食は魅力的だが、そんなの別にいつだってできる。  その旨を実家に告げると、ほどなく新品のスーツが送られてきた。祝いの品のつもりなのか、それとも、場所はこだわらないから節目の式くらい出ておけ、という意味なのか、いまだ確かめられていないので、それは定かではない。  結局、かしこまったスーツに袖を通すことはなく、同じように実家に戻らない友人たちと、狭く汚いアパートで祝いの酒を酌み交わした。酔っ払った勢いで、ゲリラ的に実家に電話をかけた。真夜中だった。  そんな暴挙に出た僕に対して、穏やかな父は怒らなかった。それどころか、次に会う時には次男と酒が飲めるな、と喜んだのだった。きっと父は、普段は固い息子が、珍しく羽目を外す様子が嬉しかったのだ。
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