去年

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 前の座席の背もたれに付けられたポケットに、パンフレットが入っていた。手に取ったのは無意識だったけれど、夜空に上がる花火の写真が見えたからに違いなかった。  印刷されたイベントの名称は、通過する町で毎年開催される、有名な花火大会のもの。墨汁を塗りたくったみたいな黒い夜空に咲いた、光で出来た大輪の花。それを見た僕の心臓が、巨人に握りつぶされたように急激に縮んで、息切れを起こした。  またこの季節がきた。  大それたことをしてしまったという後悔の波が、僕に襲いかかる。黒々としたそれに頭から覆われて、息もできない。鼓動が痛いくらいに激しく打つ。車内は寒いくらいにエアコンが効いているのに、背中に汗が噴き出た。  帰省の時期としては、まだ早かったのだ。まだ僕は、背中にのしかかる大きすぎる罪に、汗一つかかず、涼しい顔でいられるほど大人ではない。  あんなことをしたあとで、何食わぬ顔で千咲さんに会えるだろうか。いや、僕の帰省を聞いて、すでに家を出たあとかもしれない。改札を出た先で、刃物を手にした兄が、呼吸も荒く待ち受けている可能性だってある。すべてを知った両親がその後ろで嘆く。それらを想像すると、途方もない後悔の感情に膝が震えて、今にも崩れ落ちそうになる。  僕が成人式に帰省しなかった、本当の理由だ。  それでも、引き返せなかった。  チラシを握りしめる。汗が滲んだ僕の手の中で、花火が歪に形を変える。  実家がある町でも、夏の終わりに花火大会が開催される。大きなものではないけれど、物心ついた頃から、家族揃ってよく見に行っていた。  お世辞にもきれいとは言えない川べりに並ぶ、様々な屋台。揺れるオレンジ色の電飾。人混みの中を、父と母と、兄と僕。そして、五年前からは、千咲さんも一緒に歩いた。
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