去年

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🎆 「ちょっと(たかし)、まだ見つからないの?」  階段の上がり口から、母が二階に向かって声を張り上げた。  二階を兄夫婦の住居としてリフォームしたのは、五年前。それまでは僕の部屋もあったが、邪魔者になることは必至で、一階の使っていなかった和室に移動することとなった。(あるじ)が不在の現在は、そこも物置と化している。  二階から返事はない。そんな余裕もないのか、バタバタと歩き回るせわしない足音が聞こえてくるだけだ。リフォームしたとはいえ、古い家なのだし、そんなに乱暴に踏みしめたら、床が抜けるではないか、抜けたら今度こそ修繕費は自分で支払うのだろうな、と怒鳴ってやりたかった。  でも、やめる。隣には千咲さんがいる。兄を叱責することは、彼女に対しても同じことをするようで、気が引けた。  滅多にしない化粧をした母と、Tシャツに半パンというラフな格好の僕との間に、小柄な千咲さんはちょこんと立ち、眉尻を下げた笑みを階段に向けていた。 「大事なものは、場所を決めてそこに置いたらって、いつも言うんですけど」  濃い青地に、鮮やかな黄色の蝶々柄の浴衣は、真っ白な百合を思わせる美しい顔立ちの彼女によく似合っている。  千咲さんは兄の奥さんだ。僕にとっては義理の姉にあたる。兄とは高校の同級生同士だったそうだが、卒業後に再会して、交際を始めたのはそれかららしい。  母は手を振りながら、笑って言った。 「決めても同じよ。固定場所をいくつも作っちゃうんだから。結局どこに置いたかわからなくなる。隆は昔からそう」  千咲さんも朗らかに笑う。 「さすがに自分が飲む薬は、きちんと管理してくれていますけどね」 「そりゃあそうよ。いくらいい加減に生きている隆でも、身体がしんどくなるのは避けたいに決まっているもの」
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