去年

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「わたし、はじめは冗談かと思って」  過去のことを思い返しているのだろう。首をかしげて、千咲さんが言った。 「あぁ、隆の持病? そうよね。隆は痩せ型だし。そもそも若い人がかかるイメージじゃないものねぇ」 「生活習慣が原因でかかる場合と、原因がわからない場合と、二種類あることも知りませんでした」 「そうなのよ。わたしもずっと知らなくて。隆は原因不明のパターンね」  母の口ぶりはあっさりと軽く、日替わり定食の種類でも話すかのようだ。 「まぁ、一生付き合うしかない病気ではあるけど、薬を決められた通りに服用していれば、日常生活に支障はないから」  それは、千咲さんにとっくに伝えてある事柄だが、母にしてみれば、何度だって念を押したいのだろう。千咲さんが少しでも不安や迷いを抱き、家を出ていってしまうことを、それだけ恐れているのだ。 「はい。わかっています」  千咲さんはいつだって、穏やかな笑顔で応える。 「あと、お酒ね。それは本当に注意して」 「あぁ。それも大丈夫ですよ」 「隆が飲んでいる薬の中には、アルコールとの飲み合わせが悪いものがあるから。大量に飲まなければそこまで心配ないけど、隆はあの通りいい加減だから」  母は苦笑する。 「安心してください。隆くんが飲み過ぎないように、わたしがいつだってそばで目を光らせていますので」  千咲さんが目をぎょろりと見開いて監視する素振りをしてみせると、母はやっとほっとしたように大口を開けて笑った。
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