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「宗くんは、几帳面なイメージ」
千咲さんのアーモンド型の瞳がこちらを向いた。長く上向きのまつ毛。濡れて見える桜色をした唇が、柔らかく上品なカーブを描く。
僕は熱湯に触れた猫のように肩を跳ねさせて、その動揺を悟られることが気まずく、とっさに顔をそむけた。
「そうでもないよ。まぁ、しょっちゅう物をなくすことはないけど」
普段通りに喋れている自分に、かなり安堵した。
僕が一年ぶりにここに帰ることに、千咲さんに会うことに、恐怖に近い緊張を感じていたというのに、千咲さんはまるでいつも通りだ。
千咲さんがいつも通りに家にいて、何事もなかったかのように笑っていてくれることに、正直ほっとしている部分はある。でも、あの夜のことを、何とも思っていないわけがない。本当は泣きわめきたい衝動にあるに決まっていて、大事にしたくない一心で、それを必死に堪えているのだろう。そうまでして家庭を、いや、この家を守ってくれているのだ。
「宗は、確かに物をなくさないわね」
何も知らない母が、僕たちの間に意地悪いにやけ顔を挟んだ。
「でも、それは物への執着心が強いだけよ。こう見えて、けっこうだらしないし。千咲さんはまだ、宗のアパートに行ったことないでしょ? ひどいわよ。洗濯物なんて溜め込みっぱなしで、そこから臭いが」
「母さん」
「それより、隆はまだ見つからないのかしら。スマホなんて、花火大会にいらないじゃない」
笑ったり怒ったり、今日の母はとりわけ忙しい。
「宗くんって、執着心が強いんだ」
千咲さんがささめくように言う。
「じゃあ、わたしと一緒ね」
恐る恐る目線を落とせば、そこには夏の夜を匂わせる微笑みがあった。冷たい舌に撫で上げられたかのような感触が腰に走り、僕は若干身震いする。
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