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毎年、夏の終わりに開催される花火大会。大規模なものではないけれど、地元ではそれなりに知られていた。会場近くの川べりには屋台が並び、電柱と電柱を繋ぐように吊るされた電飾の、どこかノスタルジックなオレンジ色の明かりが揺れる。醤油が焦げる香ばしいにおいと、一瞬だけ夜空を昼間に変える火薬の花。幼い頃は母の手に引かれ、思春期には初めての恋人の手を引き、そして、5年前からは、兄と並んで歩く千咲さんの幸せそうな横顔を、後ろから見つめながら歩いた。
「ちょっと! 隆、まだ見つからないの?」
階段の上がり口から、母が2階に向かって声を張り上げた。
「花火大会が始まっちゃうわよ! もう、お祭りにスマホなんていらないじゃないの」
2階は兄夫婦の新居になっている。元々は僕と兄の部屋があったのだが、千咲さんとの婚約が決まった時にリフォームした。おかげで僕は1階の和室に移動するはめになったものの、進学にともなって引っ越すことになったので、実質3年も使っていない。帰省した時にはそこで寝泊まりするが、普段は物置と化している。
返事はない。バタバタと乱暴に床を踏みしめる足音が聞こえてくるのみだ。心当たりのある箇所をあちらこちらと探し回っているのだろう。
「無くしたら困る物は、場所を決めてそこに置いたらって、いつも言うんですけど」
僕の隣に立つ千咲さんが苦笑しながら言った。
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