絵が語りかける

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「そして、あなたは絵が完成すると、そのまま筆を置き、湖の中に入っていった。わたしの目の前でね。どうしてあなたは自殺してしまったの? わたしはその理由が聞きたくて、この美術館に毎日通っているのよ」  ぼくは絵のテクニックでは誰にも負けなかった。だが、本物の表現者に必要な、特別な何かが決定的に欠けていたのだ。ただの絵のうまい日曜画家でしかないという事実を突き付けられたぼくは絶望し、遺書がわりにこの作品を描いた。 「じゃあ、美術館に飾られているということは、ぼくが死んだあとにこの絵は評価を受けたというわけですか?」 「あなたが亡くなったあと、この絵はわたしがひきとりました。この美術館の館長とは知り合いだったものですから、飾ってくれるように頼んだのです。館長は言いました。〈とても、良い絵ですね、アマチュアにしてはね。恩のあるあなたの頼みなら、人のあまりこないこの場所に飾りましょう〉と」 「自殺すれば、少しはぼくの絵が話題になるかもしれないと思ったんです。ゴッホのようにね」とぼくは女に告白する。 「そんなことだろうと思っていました」  女は絵の方に視線を戻し、さっきまでと同じように絵をじっと見始めた。  今まで気がつかなかったが、絵の左隅に小さく、ぼんやりと手が見える。さらにじっと見ていると、その手には絵筆が握られている。ぼくの手だ。  女は絵を見つめたまま、微かな笑みを浮かべて言う。 「さあ、絵の中に戻ってくださいな。あなたがいられるのは、もうこの絵の中だけなのですから」(了)
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