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「ディアナ、すまないね」
ある夜、部屋に呼ばれたディアナに、父ジルギスはそう言った。
「お前をオルグラントの王子に嫁がせることになった。――正確には十年後、お前が十六になった時だが……お前の相手は、もう決まったんだ」
窓から差し込む月明かりに、彼の顔は半分陰になっていた。
父の目にはわずかな寂しさが漂っていたが、その根底には揺るがないものがあった。この国のためならば、娘を利用することも辞さない、そんな王の目をしていた。
そしてその決意を、六歳のディアナもよく分かっていた。
すまないと言っておきながら、彼はディアナに、拒否権を与えるつもりなどないのだ。
そんな彼をディアナは嫌いになれなかったし、むしろ立派な王だと思っていた。
なぜなら彼が、自分を愛していることは分かっていたし――この国のことも深く愛していると知っていたからだ。
「分かっています。わたしは大丈夫です、父上」
本当は少しだけ寂しかったけれど、笑顔を浮かべてそう答えた。
彼にとって誇れる娘でありたかった。つまりはガレドニアの王女だと、胸を張って言える存在になりたかった。
「――ディアナ、そういえばお前にこれを渡そうと思っていたんだ」
不意に父は口を開き、静かな目でそう告げた。
彼が取り出したのは、銀の鞘の剣だ。
ディアナは目を煌めかせた。
「これって……!」
ガレドニアの王族に代々伝わると言われる聖剣だ。ヴァルムートに似た蔓(つる)の文様が刻まれている。他にも同じ模様の剣はいくつかあり、王族のみ持つことが許されているが、魔を切る力を持つという聖剣は、この一振りである。
「嫁に行った時、この国を思い出せるだろうと思ってね。まだ早いが、先に渡しておこう」
父はそう言い、かがみこんでディアナの額に口づけした。
「なぜこれを見せたか分かるか? 私の小さなディアナ」
嫁入りの選別に、首飾りや服ではなく、この剣を渡すと言った訳。
その意味を、ディアナはなんとなく理解することができた。
別に父は、これで人を切れと言っている訳ではないのだ。
例え同盟国相手であれ、心に剣を持つことを許すと言っている。
もしお前の身を脅かすものがあれば、自分の尊厳を守っていいと。
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