第一章 王女は死んだ

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空は青く、いい天気だ。 明るい草を踏み分けながら、二人は城の傍を歩いていた。 「本当に美しい国ですね、ここは」 ラルフが辺りを眺めながら言う。 渓谷であるこの国は、辺りを挟むように巨大な崖が立ちはだかっている。その上から幾つもの滝が零れ落ち、さらにいくつもの湖となって繋がっているのだ。 一番大きな滝は、城の裏側に流れているものだ。水しぶきの音がここまで聞こえてくる。 名も分からない白い鳥が、広がる視界のはるか先で、小さな蝶のように飛んでいた。 ラルフが小さく呟く。 「先ほど、ヴァルムートの姿を見ました」 ディアナは思わず彼を見る。 「あなたも!? 実はわたしもさっき……」 「噂には聞いていたが、ヴァルムートを見たのは初めてです。あれを見て、我が父が言っていたことが分かりました」 ラルフはひたすら渓谷を眺めている。 その鋭い瞳に、眼光が宿った気がした。 ディアナはわずかに眉根を寄せる。 「御父上……グスタフ王は、何を仰っていたんですか?」 「我が父は、あなたの父ジルギスとの交渉に失敗したのです」 「失敗?」 意味が分からなかった。 自分達はこうして婚約を結んでいるではないか。 交渉は成立し、婚約の上に同盟が締結されたのだ。 ラルフは静かにこちらを見た。 「ディアナ姫、あなたは幼すぎる。私には年の離れた妹がいるが……あなたはあいつと同じぐらいの年だ。正直私は、こんな結婚納得いかない」 ディアナは驚いて口を開いた。 「だ、だけどこれは、」 「だがまあ、大きくなれば話は別だ。それまでの辛抱だろう」 ラルフがわずかに目を細める。ディアナは瞳を揺らした。 つまりは彼にとって、自分は恋愛の対象外なのだろう。当たり前だ。 ならば大きくなってから、魅力的な女性になればいい。 そう思うのに、心を何かうすら寒い物が駆け抜けていくのだった。 。
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