プロローグ 抱えた秘密 

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 澄んだやさしい瞳で、慈しむように微笑みを浮かべ、青年は手を伸ばす。 「ウィリアム、ウィリアム――寂しがり屋のウィル・オー・ウィスプ。どうかそれを返しておくれ」  きらりと、眩しい光が動いた。 「やさしいウィリアム。……さあ、おいで」  青年の顔が、白く美しく照らされる。  その横顔が嘘みたいに儚く見えて、少女は一瞬、彼の名前を叫びたくなった。  彼がそのまま、森の奥深くに消えてしまうように思われたのだ。  そっと、古びた紐が青年の手の平に返された。  青年は目を細め、やさしく微笑みかける。  そのままゆっくりと、精霊に向かって手を伸ばしたが、それが触れる一瞬前に、光は飛び去ってしまった。  少女はわずかに目を見張った。  なぜか青年の横顔が、ひどく寂しそうに見えたからだ。  夜の森に、再び静寂が訪れる。 「――――どう? 俺もなかなかやるでしょ?」  こちらを振り返った彼は、打って変わって、いつもの皮肉げな笑みを湛えている。  はっとして我に返った少女は、その変化に追いつけず、あいまいに答えた。 「う、うん」 「……どうかしたか?」 「……いや、うん、別に」 「あーもしかして、俺に見惚れちゃった?」 「な……っ」  にこやかに目を細め、青年は歩み寄ってくる。 「そうかそうか。でも悪いな、俺男に興味はないんだ」  言いながらも、どこか楽しそうだ。 「でもあんた、そうやって髪を下ろしてると、ほんとに女に見えるなぁ。ドレスでも着たら変わるんじゃないか?」  馬鹿にしてるのか。そう返したくなったが、うまく言葉が出て来ない。  なんだか距離が近い気がする。そんなに至近距離で手を伸ばさないで欲しい。  本来自分は女なのだ。それに男と触れ合うことに慣れていない。  だからこの距離は、ちょっと。 「……あの、」 「何?」 「近い」 「うん?」 「だから、近いって……」 「いやいや、女みたいな反応するなよ。ただあんたに、これを結んでやろうと思っただけだ」  そう言う彼の手には、先ほど取り返した髪紐が握られている。  いつもこうだ。彼は気が付けば、すぐ傍に(たたず)んでいる。  そのたびに、少女はなぜか、どぎまぎして目を逸らしてしまうのだった。
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