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「ほら、動かないで」
優しい声音で、頭に手を回される。
至近距離で見下ろされ、少女は思わず唇を引き結んだ。
回された手が、髪をさらりと持ち上げるのが分かる。
なんだか優しい手つきだ。あっという間に紐で結んでしまうと、彼は満足そうに頷いた。
「これでよし、と。うん、なんていうか……こっちの方が落ち着くな」
ほっとしたように言われ、思わず視線を上げる。
彼はいつもとは違う表情を浮かべている。何かを迷っているような、押し隠すような瞳。
少女はハッとした。
青年の手は既に、別のところへ伸びている。
それはするりと、少女の鞄の蓋を開け、中に入ろうとしていた。
「……っ!」
少女は剣を引き抜くと、あっという間に相手の顔先に突きつける。
彼は目を見開き、慌ててのけぞった。
「っ、おいおい、ちょっと待て、って」
剣を見つめたまま、青年はただ後ずさる。この男は少女の持つ聖剣が苦手なのだ。
「悪かったよ。……あーあ、今ならいけると思ったんだけど」
少女は目を鋭くさせ、まっすぐに青年を睨んだ。
「話の通じない奴だな。この魔法はお前にはやらない、そう言ってるだろう」
青年が文句を言おうと口を開くので、少女は剣の先を、彼の首元へと持って行った。
ぴたりと当てれば、彼は押し黙る。
「いい加減にしろ。諦めろと何度言ったら分かるんだ」
実は似たような攻防はもう、何度も繰り返されていた。
彼はずっと前から、この魔法の入った瓶を狙っている。
何か切羽詰まった事情があるらしいのだが、こちらには理由を教えてくれない。
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