プロローグ 抱えた秘密 

5/6
前へ
/509ページ
次へ
「ほら、動かないで」  優しい声音で、頭に手を回される。  至近距離で見下ろされ、少女は思わず唇を引き結んだ。  回された手が、髪をさらりと持ち上げるのが分かる。  なんだか優しい手つきだ。あっという間に紐で結んでしまうと、彼は満足そうに頷いた。 「これでよし、と。うん、なんていうか……こっちの方が落ち着くな」  ほっとしたように言われ、思わず視線を上げる。  彼はいつもとは違う表情を浮かべている。何かを迷っているような、押し隠すような瞳。  少女はハッとした。  青年の手は既に、別のところへ伸びている。  それはするりと、少女の鞄の蓋を開け、中に入ろうとしていた。 「……っ!」  少女は剣を引き抜くと、あっという間に相手の顔先に突きつける。  彼は目を見開き、慌ててのけぞった。 「っ、おいおい、ちょっと待て、って」  剣を見つめたまま、青年はただ後ずさる。この男は少女の持つ聖剣が苦手なのだ。 「悪かったよ。……あーあ、今ならいけると思ったんだけど」  少女は目を鋭くさせ、まっすぐに青年を睨んだ。 「話の通じない奴だな。この魔法はお前にはやらない、そう言ってるだろう」  青年が文句を言おうと口を開くので、少女は剣の先を、彼の首元へと持って行った。  ぴたりと当てれば、彼は押し黙る。 「いい加減にしろ。諦めろと何度言ったら分かるんだ」  実は似たような攻防はもう、何度も繰り返されていた。  彼はずっと前から、この魔法の入った瓶を狙っている。  何か切羽詰まった事情があるらしいのだが、こちらには理由を教えてくれない。
/509ページ

最初のコメントを投稿しよう!

162人が本棚に入れています
本棚に追加