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魔法使いは冷ややかに告げた。
「あの子、死んだよ」
「え、」
少年が顔を上げる。二つの緑が、零れ落ちそうに見開かれた。
魔法使いはそれを、冷たい目で見下ろす。
「追手から逃げる途中、騎士と一緒に崖から落ちたんだ。聞いた話では、彼らの乗っていた馬が荷物と共に発見されたらしい」
「そ、」
「崖の上で行方不明になったからね、間違いないよ」
少年は浅く、息を吐いた。
いや、もう呼吸の仕方さえ忘れたかのようだ。
彼は懸命に笑おうとした。けれど、大きく瞳を歪ませて、喘ぐようにこちらを見つめることしかできない。
この子どもは泣き方も知らないのかもしれないと、魔法使いは静かに考えていた。
立ち尽くす少年を見据えたまま、当然のように続ける。
「もうここへ来ても意味はない。あの子のことは忘れるんだ」
「い、やだ」
「……君、人間じゃないね。オディロンの所の子だろう」
そう告げれば、少年は食い入るようにこちらを見つめる。
「来た道を帰りなさい。何度来たところで、彼女には会えない」
「…………助けて」
少年はようやく、口を開いた。
「魔法使いでしょ。助けてよ。あの子を生き返らせて」
「馬鹿なことを。僕にそんな魔法は使えない、分かっているだろう、」
「なんだってするよ。お願い」
少年は目に涙をいっぱい貯めて、まだ諦めていないのか、赤い実を大切に抱えている。
「ちょっとの間だけでいい。ほんの少しで。だってあの子、俺の名前も知らないで……」
魔法使いは冷ややかに彼を見つめた。
「君なら誰より知っているはずだ。それは禁忌の魔法で、材料すら手に入らない。完成させたとしても、オディロンがとっくに使っているはずだ。そうしたら君は、そもそもここに存在しない」
少年は大きく瞳を揺らした。澄んだ深緑の瞳が、雫のこぼれた葉のように濡れている。
赤い実がぽろ、と落ちた。
少年は後ずさる。
ぽろぽろぽろ。後から後から赤い実はこぼれて落ちていく。
「っ……」
少年は背を向け、一目散に駆け出した。
木々の向こうに、小さな背中が消えていく。
魔法使いは静かにそれを眺めていた。
――――ああ、だから嫌だったんだ。
遠くなる背中を見つめながら、ただ黙って、目を細めた。
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