第一章 王女は死んだ

50/50
167人が本棚に入れています
本棚に追加
/509ページ
魔法使いは冷ややかに告げた。 「あの子、死んだよ」 「え、」 少年が顔を上げる。二つの緑が、零れ落ちそうに見開かれた。 魔法使いはそれを、冷たい目で見下ろす。 「追手から逃げる途中、騎士と一緒に崖から落ちたんだ。聞いた話では、彼らの乗っていた馬が荷物と共に発見されたらしい」 「そ、」 「崖の上で行方不明になったからね、間違いないよ」 少年は浅く、息を吐いた。 いや、もう呼吸の仕方さえ忘れたかのようだ。 彼は懸命に笑おうとした。けれど、大きく瞳を歪ませて、喘ぐようにこちらを見つめることしかできない。 この子どもは泣き方も知らないのかもしれないと、魔法使いは静かに考えていた。 立ち尽くす少年を見据えたまま、当然のように続ける。 「もうここへ来ても意味はない。あの子のことは忘れるんだ」 「い、やだ」 「……君、人間じゃないね。オディロンの所の子だろう」 そう告げれば、少年は食い入るようにこちらを見つめる。 「来た道を帰りなさい。何度来たところで、彼女には会えない」 「…………助けて」 少年はようやく、口を開いた。 「魔法使いでしょ。助けてよ。あの子を生き返らせて」 「馬鹿なことを。僕にそんな魔法は使えない、分かっているだろう、」 「なんだってするよ。お願い」 少年は目に涙をいっぱい貯めて、まだ諦めていないのか、赤い実を大切に抱えている。 「ちょっとの間だけでいい。ほんの少しで。だってあの子、俺の名前も知らないで……」 魔法使いは冷ややかに彼を見つめた。 「君なら誰より知っているはずだ。それは禁忌の魔法で、材料すら手に入らない。完成させたとしても、オディロンがとっくに使っているはずだ。そうしたら君は、そもそもここに存在しない」 少年は大きく瞳を揺らした。澄んだ深緑の瞳が、雫のこぼれた葉のように濡れている。   赤い実がぽろ、と落ちた。 少年は後ずさる。 ぽろぽろぽろ。後から後から赤い実はこぼれて落ちていく。 「っ……」 少年は背を向け、一目散に駆け出した。 木々の向こうに、小さな背中が消えていく。 魔法使いは静かにそれを眺めていた。 ――――ああ、だから嫌だったんだ。 遠くなる背中を見つめながら、ただ黙って、目を細めた。
/509ページ

最初のコメントを投稿しよう!