第二章 禁忌の魔法は誰のもの

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急に慌てた精霊たちの声は、先ほどと打って変わって乱れている。 彼らがこんな声を出すなんて、今まであっただろうか。 「大変、大変だ」 「風の噂がやって来た」 「森の子が騎士に捕まった」 青年は怪訝な目を向ける。「森の子」とは妖精のことだ。 彼らが人間に捕まるなんて、珍しいこともあるものだ。 「騎士? その話は本当か?」 吹き荒れる風のように、精霊の吐息を感じる。 「二つの国の騎士だよ。北と東が手を組んだ」 「あの子たち、捕まったんだ。遠くへ連れて行かれて、金貨と交換されてしまう」 「助けてやって」 「俺には関係な……」 言いかけ、青年は口を噤んだ。 精霊たちはいつになく動揺している。淡白な生き物だと思っていたが、彼らにとって、仲間の危機は一大事らしい。そんな部分もあったのかと、意外に思う。 こちらがどんなに酷い目にあっても、意地悪なことしか言わなかったくせに。 どうしよう、大変だ、と精霊たちは飛び交っている。 それはそのまま風となり、木々がごうごうと唸り声をあげた。 吹き荒れる風に、こげ茶の前髪が揺らされる。 「――分かった、分かったよ」 どうせ断れないと、青年は自分でも分かっていた。 なかば投げやりな声で、森の民に告げてやる。 「俺が助けてやる。これで満足か?」 精霊たちが静かになる。木々のうねりも、ゆっくりと収まった。 ――――助けてくれるって。誰が? 気まぐれな彼が。あの騎士達に勝てるかな。 さやさや、そよそよと囁き声が聞こえる。 青年はため息をついた。 こんなことをしても、何の意味もない。だって彼らは、仲間の心配はしても、他の生き物の心配なんてしないのだ。 「……場所はどこだ?」 そう尋ねると、精霊たちは音もたてずに降りて来た。 木々を背景に、半透明の優美な姿で浮かんでいる。 「森を出た先。こっちだよ」 「見えるでしょ。あの山の方」 「助けてあげて。手遅れにならないうちに」 そう急かされ、青年は渋々歩き出した。 彼らに利用されるだけだったとしても、この際仕方ないと思えた。なぜなら自分も、この状況を利用しようと思っていたからだ。 もし精霊たちの仲間を助けたら――彼は、彼らは。 自分をきちんと見てくれるかもしれない。 いたずらの対象でも、別の生き物としてでもなく、もっと特別な存在として。 人にも精霊にもなれない青年は、まだ馬鹿げた希望を捨てられなかったのだ。
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