第一章 王女は死んだ

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幾重にも重なる断崖は、緑の草木に覆われている。 点在する小さな湖は繋がり、細い川となって土地を横断していた。 巨大な滝が、豪快な音を立てて崖を滑り落ちていく。 木々が枝葉を伸ばす、美しい渓谷。 その只中(ただなか)に、白亜の城は建っていた。 空を突くような尖った屋根は、陽の光を反射している。 ばさりと羽音を立てて、一つの影が城を通り過ぎていく。 窓の外を眺めていた幼い少女は、明るい声を上げた。 「見て、あそこにいるのは……!」 「はいはい。じっとしていて下さいな」 侍女に(たしな)められ、少女はそっと背筋を正した。 ディアナは、この国の王女だった。 背中まである長い金髪に、空を映したような深い青の瞳。 六歳になる彼女は、既に王女としての自覚を持っていたが、その言葉の端々から年相応の無垢さが滲み出ていた。 侍女が少女の髪を梳きながら、穏やかな目を向ける。 「ヴァルムートが見られるなんて、珍しいですね。彼らも国の統一を祝っているのかもしれません」 「だったらいいわね。今日は特別な日だもの」 大きく翼を揺るがせて、ヴァルムートは空を飛んでいく。 彼らはこの国にしか生息していない、特別な生き物だ。大きな体躯に、巨大な翼。トカゲのような頭には、角が生えている。 野生のヴァルムートは皆白い色をしているが、乗り手のいるものは別だ。ヴァルムートは契約した相手によって、体の色を変える。 今空を飛んでいるのは、燃えるような赤い翼と、煌めく赤いうろこを持つヴァルムートだ。 逆行を浴びて、やはり背中に人が乗っているのが見えた。 ヴァルムートと契約できるのは、人の姿を失った「はぐれ者」だけ。はっきり見えないが、きっとあそこに座っているのもそうなのだろう。 彼らはどこまで行くのだろう、と幼い少女はその光景を見つめる。 きらきら光る鱗を近くで眺めたいと思ったけれど、そんなことを考えている場合ではないのだと思い返した。 なんたって今日は、婚約者と初めて顔合わせをする日なのだ。 気を引き締めなければ、とわずかに背筋を伸ばす。
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