第三章 森の奥の叫び

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第三章 森の奥の叫び

その小さな種は、芽吹くことができなかった。 殻の中で命を宿したまま、この世に生まれ出ることができなかった。 体もないまま、言葉もないまま、感情だけが巡っていく。 自分は生まれることが出来ないらしい。 なぜ。 どうしてここに宿ったのだろう。 森の木々は雄々しく葉を広げ、遠い精霊の笑い声が、風のように通り過ぎて行った。 地面に横たわったまま、生まれもしない命は、すべてを見て、聞いて、感じていた。 どうして木々はあんなに高いのだろう。 枝を伸ばしたら、いつか空に届くんじゃないだろうか。 どうして精霊たちは笑っているのだろう。 どうやったら、あんな美しい声を出せるのだろうか。 風が吹いた。 雨が降った。 やって来た嵐に、森中が震えあがった。 木々はごうごうと唸り、数えきれない葉が散って行く。 昨日まで飛んでいた鳥が、地に叩きつけられる。ぐちゃぐちゃの泥にまみれ、嘘のように動かなくなった。 雷はとどろき、木々は引き裂かれて悲鳴をあげる。動物たちは恐怖に呑まれ、散り散りに姿を消していった。 怖い。 怖い。 誰か助けて。 種は泥にまみれたまま、鳥の死骸が腐って朽ちていくのを見ていた。 命が消えていくさまを、生まれる前に理解した。 あの腹に入れたら、また違ったのだろうか。 誰かの命の(いしずえ)になれたら、また違う何かが見られたのだろうか。 嵐が止んで、晴れて。 雪が降って、また太陽が昇り。 そんなことを幾度も繰り返して。 ある朝、日の光を浴びながら、種は密かに思った。もうろうとした意識の中、静かな風に身をゆだねた。 ああ、どうやら自分は死ぬらしい。 そもそもどうして、意識なんてものがあるのだろう。 生まれることも出来ないのなら、こんなものいらなかった。 こうして苦しむだけだったのに。 ざくり、ざくりと土を踏み分ける音がする。 自分の上に影が落ちるのが分かった。 誰かがゆっくりとかがみこむ。皺だらけの指先で掴まれた。
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