第二章 禁忌の魔法は誰のもの

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第二章 禁忌の魔法は誰のもの

重なる緑に覆われた、深い深い森の奥。 枝葉を広げる木々の間、精霊のすみかに紛れるようにして、その古びた家はあった。 茶色い屋根にヒビの入った壁。壁や窓にツタが這い、周りにはいくつもの鉢植えが置いてある。 ガレドニアの王女が亡くなってから、十年が経っていた。 「このうすのろ! お前は仕事が遅すぎる!」 老人の罵声が響く。 木々に留まっていた鳥たちは、囀りをやめて飛び去って行った。 「お前の持って来た花は間に合わなかった。死んでしまったんだ、あの子のように!」 「でもじいさん、俺は――」 「言い訳など聞きたくもない! ……いいか、さっさと禁忌の魔法(オズワルグ)を探してこい!」 ばん、と家の扉が開く。突き飛ばされるようにして、茶髪の青年が押し出された。 彼が口を開いた瞬間、目の前で乱暴に扉が閉まる。 「…………」 青年は歩き出した。 本当は寂しくてたまらないのに、誰もいない場所へ行きたかった。 会う者は誰でも、まともな会話が通じなかったからだ。 一人でいるのと、彼らと一緒に居るのは、一体どちらがましなのだろう。 何年も同じ問いを考え続けてきたが、結局答えは出ていない。 「あの子だ」 「あの子が来たよ」 「俯いている」 「また怒られたんだ」 重なり合う木の葉。緑の囁きの合間から、こだまのように音がする。 すべて精霊たちの声だ。 彼らは皆、同じ姿をしている。長い髪も体も透き通り、脚に至っては風のように流れて、形すら見えなかった。 「かわいそう」 「かわそうに」 「こっちへおいでよ」 「慰めてあげる」 するり、と透明な手が頬を撫でた。 「やめろ」 ぎろりと睨みつけると、精霊たちはわっと蟻の子を散らしたように離れていく。 けれど、姿を隠すこともなく、木々の間からこちらをじっと見つめていた。くすくす、きゃはははと笑い声が降ってくる。 彼らにとって、自分は好奇心の対象らしかった。向こうの動きにこちらがどんな反応をするか、興味津々で観察しているといった感じだ。 最初に会った時は、なんて素敵な生き物なんだろうと思った。 美しくて、少し怖くて、自分の話し相手になってくれる。 けれど今は別だ。何年も経つうちに、自分と彼らは相容れないと分かったのだ。 それでも完全に縁を切ることができないでいた。 不意に、木々がざわめき始めた。 青年は顔をあげ、わずかに眉をしかめた。
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