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箸を持ち、カツ丼をノゾミはかきこんだ。泉が惚れ惚れするくらい勢いよく。そしてやがて、大きなため息をついた。
「ご馳走様。満足よ。もう思い残しないわ」
「そういっていただけると、嬉しいですことよ」
泉はニッコリ笑った。
「では、どうぞ残りの道中、どうぞお気をつけて」
ノゾミは、哀しげな表情を浮かべながら立ち上がった。
「ねぇ。あたし、なんで死んだのかしら?」
「存じませんことよ。わたくしは死にゆくお客様に『最期のご飯』を作って、お出しするだけの役目ですもの」
「そう。でも、心残りなく行けるわ。ありがと。冥土の土産も渡したから、手ぶらで楽になった」
真っ暗な坂を一人歩いていくノゾミを見送り、泉は片づけた店内で、「冥途の土産」の袋をテーブルの上に置いた。
「この瞬間がたまりませんことよ」
重箱のような箱をそっと取り出し、丁寧に紐をほどき、じわじわと蓋を開ける。
まるでホログラムように、泉の目の前に映像が広がった。
制服姿のノゾミが、濁流にのまれていた。
いや、板切れか何かにしがみつき、電柱に引っかかっていたが、今にも流されそうだった。
「ノゾミ!」
ノゾミが顔を上げると、家の屋根をつたって父親がこちらに向かっていた。
「お父さん、会社じゃないの!」
「こんな津波が来ているのに、仕事どころじゃないだろ!お前が心配で……」
「お父さん、こっち来ちゃダメだよ!早く逃げて!また高い津波が来てるよ。ほら、向こうに」
「お前を助けずに逃げられるか!」
「……お父さん……。ねぇ。笑顔見せて」
「なんだ!?」
「お父さんの笑顔、生まれて今まで見たことなかったから」
「そんな余裕……」
「早く!」
ひきつったのか、笑顔なのか、分からない表情を父親は浮かべた。
「ありがとう。あの世へのお土産にするね」
「待ってろ、今たすけて……」
「あたしはもう無理。お父さん、早く……逃げて」
ノゾミは、板切れをつかんでいた手を離した。
そこで、映像は途切れた。
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